第2話


そして、次の瞬間――




「おぎゃあ、おぎゃあー」


突然、赤ちゃんの産声が響いた。



「無事に産まれたぞ!ほら見ろ!元気な女の子だ!」

そんな喜びに満ちた男性の声が聞こえた。


願い通り、私は本当に生まれ変わってしまったようだ――



…………

……



赤ちゃんになって、もう半年が過ぎようとしている。


赤ちゃんになったと分かった時、これが今流行りの異世界転生なんだと思った。

でも、日を追うごとに、そうでは無く普通に現代で生まれ変わったんだと分かってきた。


そう思った理由はいくつかある。

まず、この家が純和風の家だったこと。

それに、両親の会話に出てくる地名や物の名前が、異世界っぽさとはほど遠いものばかりだったからだ。『シンジュク』『冷蔵庫』とか。



「あぶぶ!!」

目の前でオルゴールの音楽と共に動くクマのキャラクターに、この体は条件反射のように勝手に手が伸びてしまう。


どうせこんな非現実的な事が起きるのなら、元々ファンタジー好きだったし、異世界転生とかでバンバン魔法とか出してみたかった、なんて最初は思った。


でも、今は現代に生まれ変わって本当に良かったと思ってる。



だって、現代じゃなければ――

私を殺した奴に、復讐なんて出来ないからだ。




私は別人に生まれ変わっても、何年経っても、あの黒髪で髪の長い奴を永遠に許さない!


私は無宗教だけど、きっと神様は私に復讐する機会を与える為に、生まれ変わる権利を与えて下さったんだろう。


待っててよ!

早く大きくなって、私を殺したことを後悔させてあげるから!




「あぶあぶ!!」

歩く事さえ出来ない私は、手にしていた歯固めのオモチャを噛んでから怒りのままにブンブンと振り回す。


でも、今はいくら考えても、寝返りさえも出来ない赤ちゃん。

早く大きくなりたい……



「ふふっ、シエルちゃんは力持ちでちゅねぇ。そのオモチャ気に入ったのかな?」

隣で優しく微笑むお母さんが、ずっと幸せそうに私を見つめている。

そのお母さんが、ふわりと手を伸ばしてきた瞬間、私は反射的に体をこわばらせ、ギュッと目をつむってしまった。


でも――

すぐに頭をふわりと包まれる温かい感覚が伝わって、恐る恐る目を開けた。

すると、優しく撫でてくれるお母さんの愛情のこもった目と目が合った。


じんわりと胸の奥が温かくなる。

お母さんの手の感触は驚くほど柔らかくて優しい。


撫でられるだけで幸せを感じてしまう。



なのに――

前世の親に手をあげらていた記憶のせいで、頭に手を伸ばされる瞬間だけは今でも苦手で慣れない。



「お!?やっぱりそれ気に入ったか。さすが俺が選んだだけあるな」

別の部屋にいたお父さんが笑顔で飛んで入って来た。


「最初に見つけたのは私ですけどぉ?」

「あぶぶ……?」

私の声に、両親揃って見詰めてくる。



この両親は嘘みたいに、本当に仲が良い。


だんだん慣れて来たけど、今でも2人の様子はフィクション動画のよう。



「ふふっ、可愛い」

「俺たちの子だからな」

「あなたったら」



自分で言うのもなんだけど、両親は私の事が大好きなようだ。


つきっきりで私のお世話をするお母さん。

休みの日には、待ちわびていたかのように絵本を読み聞かせてくれるお父さん。


前世で何度も口にしていた『親ガチャ』なんて使うのが申し訳なく思うほどだ。





ふわりと浮いた感覚がしたと思うと、いつの間にかお母さんの腕の中にいた。


「大好きなシエルちゃん」

お母さんの腕の中はいつも心地よくて、安心出来て、なぜか絶対に眠くなる。そんな不思議な場所だ。


「シエルちゃんは長生きしてね」

そんな願いにも似た言葉に、閉じかけた瞼をぎゅっと力を入れて持ち上げる。

案の定、今にも泣きそうなお母さんの顔が視界に入った。


お母さんは時々、私に長生きを願っては悲しい顔をする。


普通、親が子供の長生きを願うのは当然のことなんだろうけど……



「あぶ……」

私は無意識に小さな手を伸ばしていた。


お母さんの涙が胸を刺すように痛くて……



子供の本能なのかな。

小さい頃って、こんなんだったっけな……

全然覚えてないや。


とにかくお母さんの涙を見るのは、胸が張り裂けそうな程に辛い。それだけは分かる。



でも、ごめんなさい。

私、その願いを叶えれるか分からないです。


だって自由に動けるようになったら……復讐しに行くって決めてるから。


それが、生まれ変わらせてもらった私の使命だから。




……中身が私なんかでごめんなさい。





…………


……




そんな葛藤の日々を過ごしていたある日、この家のおかしな点に気付いてしまった。



おかしな点というのは――家にスマホや電話、テレビなど、外から入る情報が一切無い事。



そして最後は……いや、これはもう『おかしな点』というよりも『異様』と言った方がいいのかもしれない。




それは――

私だけが家から一歩も出させてもらえない、という事だ。

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