17.「ハイエルフのエルルリ」
ハイエルフの少女が勢い良く振り下ろしたナイフが僕の〝髪の毛〟に触れた瞬間。
「ばぼべっ!」
「!?」
何故か〝彼女の方〟が吹っ飛んで、壁に減り込み大量に吐血した。
「な、何すかその女は!?」
非常事態に流石に酔いが覚めたらしいサユが、テーブルに立て掛けておいた聖剣を抜いて構える。
「ぐへへ。そんなことより、怪我はないか?」
「え? ……大丈夫っすよ。ヴィラゴが守ってくれたから……」
「ぐへへ。まだ酔ってるのか?」
「酔ってないっすよ!」
また頬を赤らめたサユが否定した。
「それより、そのエルフは何なんすか? 攻撃してきたのに自分の方が吹っ飛ぶって、油断させるための奇策っすか?」
「さぁ、どうだろうな。『鑑定』。防御力がマイナス100だ。これのせいで、攻撃した時の衝撃で、逆に自分がダメージを負ってしまうのだろう。一種の呪いのようだ」
「マ、マイナス100!? 何すかマイナスって!? 原作ゲームではそんなの無かったすよ!」
「どうやら色々イレギュラーが起こっているようだな」
俯き、口からボタボタと血が流れ続けるハイエルフの少女を注意深く観察する。
緑色の軽装の彼女は、プラチナブロンドのロングヘアで、さっき見た時は確か翠眼だった。
マイナス100は伊達ではなく、どうやら致命傷を負ったらしい彼女は、ピクリとも動かないが。
「……『ウルトラヒール』……」
「!」
全身が光に包まれた彼女は、口から流れ続けていた血がピタリと止まり、壁を蹴って再び跳躍。
「死ぬのだ、ダークエルフうううううううううう!」
「させないっす!」と迎撃せんとするサユを「待て」と手で制しながら、僕はその攻撃を再度頭で受け止めんとする。
「べぼばっ!」
再度吹っ飛び壁に減り込み血を吐くハイエルフ少女。
「……『ウルトラヒール』……」
再び最上級回復魔法で自身の傷を治すハイエルフ少女に、僕は語り掛ける。
「ぐへへ。ハイエルフの女よ、お前の呪いを解いてやるから、俺様の部下になれ。俺様がこき使ってやる」
「何をふざけたことを言ってるのだ!? お前が〝アイツ〟なら、絶対にそんなことはしないのだ! そして、もし〝アイツ〟じゃないなら、絶対にそんなことは出来ないのだ!」
「このあんぽんたん!」
「あ、あんぽんたん!?」
「初めから諦めてどうするんだ! 治せるかもしれないだろうが!」
「うるさいのだ! そんなの不可能なのだ!」
髪を振り乱し「死ぬのだあああああ!」と、テーブルの上に立ったハイエルフ少女が、ナイフを僕に振り下ろす。
キン
「転生してからのこの十五年間、うちがどんな思いで生きてきたか、知らない癖に! 無責任なことを言うんじゃないのだ!」
キン
「呪いのせいで、父さんは死んだのだ!」
キン
「父さん同様防御力がマイナス999になった母さんは、出産前に、うちに遺伝しないように必死に魔法で抗ってくれて、うちに遺伝したのはマイナス100で済んだのだ。おかげでうちは、何とか日常生活は送れているのだ。でも、母さんは……! ……お前に分かるのだ!? ただ歩くだけで、その衝撃で全身の骨が砕け、呼吸するだけで肺が切り刻まれて喀血し、水を飲むだけで胃に穴が開いて吐血する母さんの苦しみが!」
キン
固有スキル『増幅』で極限まで〝硬度〟を上げ、ブラックドラゴンの牙や爪ですら歯が立たない僕の身体にただのナイフが突き刺さるわけもなく、ひたすら弾かれ続ける。
キン
「……お前なんかに……分かる訳が……ないのだ……!」
悲痛な表情を浮かべながら僕に攻撃し続ける彼女に、サユが横から指摘する。
「あんた、気付いてないんすか? さっきからずっと、〝吹っ飛んでない〟んすよ?」
「だから何なのだ!? 〝吹っ飛んでない〟くらいで……え? 吹っ飛んで……ない……!?」
その事実に気付いたハイエルフ少女の手からナイフが落ちる。
「そんな……そんなことがあるわけ……!? の、呪いが……!?」
「ぐへへ。言っただろうが。初めから諦めてどうするんだ、と」
「! ま、まさか本当に……解け……て……」
大きく見開かれた彼女の目が潤む。
「一生のお願いなのだ!」
「何で脱いでるんすか!?」
バッと床に下りた彼女は、服を脱いで全裸になり、土下座した。
「何でもするのだ! 靴も舐めるのだ! だから、どうか! 母さんの呪いを解いて欲しいのだ!」
実際に僕の靴に舌を伸ばそうとする彼女から足を遠ざけつつ、僕は人差し指を立てた。
「ぐへへ。一つ条件がある。俺様たちは、マヴァヌというダークエルフを追っている。その手助けをしろ。恐らくお前の母親に呪いを掛けたのと同一人物だ」
「!? そうだったのだ!? 分かったのだ! 対象をダークエルフに特化したうちの感知魔法なら、きっと見付け出せるのだ!」
「ぐへへ。決まりだな。俺様はヴィラゴ。こっちは勇者のサユだ。あと、こっちが元魔王のターサだ」
「うちは、エルルリなのだ! 宜しくなのだ!」
「勇者とか元魔王の犬とか、全部スルーなんすね……っていうか、取り敢えず服を着るっす!」と、サユがエルルリに強引に服を着せる。
「終わったかワン? 『
ターサが魔法を解くと。
「二人とも本当はダークエルフじゃなかったのだ!? 道理で変な魔力だと思ったのだ!」
「いや、違和感感じながらも全力で殺しに来るって、あんたどうなってるっすか!?」
サユが突っ込んだ。
「……はぁ……修理代は貰うからね……はぁ……」
「あ……ごめんなさいなのだ……」
店主の老婆が杖をつきながらやってくると、エルルリは素直に頭を下げて、金貨を一枚渡した。
※―※―※
エルルリの空間転移魔法で、僕たちはエルフの村落へとやって来た。
「場所は教えられない決まりになっているのだ」と、申し訳なさそうに言われたそこは、美しい森の中だった。
「犯人はダークエルフだったのだ。でも、それ以上の情報は分からなかったのだ……」
エルルリの母親いわく、呪いを掛けたのは、ダークエルフだったらしい。
ただ、夫と一緒に襲われたその時は夜分で真っ暗だったため、その容姿も性別も分からなかったとのこと。
その直後に生まれたエルルリは、現代日本からの転生者だったが、少しでも呪いの遺伝を緩和するために、自分ではなく胎内の娘のために解呪の魔法を掛け続けた母のことを、本当の親のように感じた。
「母さんは、うちの顔を見る度に謝るのだ。『呪いを遺伝させちゃってごめんね』って。母さんのせいじゃないのに……母さんが謝る必要なんてないのに……犯人を絶対に許せないのだ!」
呪いの話を聞いたエルルリは、生まれてからずっと、犯人のダークエルフを見付けだして殺すためだけに生きてきた。
十五年に及ぶ修行のおかげで、この世界の全てのダークエルフを感知出来るようになった。
どれだけ離れた場所にいようが、関係なしに。
「ダークエルフを感知する度に、魔法で空間転移して、ナイフで斬り掛かったのだ」
「そして、その度に吹っ飛んで自爆っすか。滅茶苦茶っすね、あんた!」
でも、その気持ちは分かるよ。
僕だって、もしこの世界の父さんや、日本の両親が同じ目に遭ったら、犯人を許すことは絶対に出来ないと思うし、暴走するかもしれない。
っていうか、そう言えば、世界中のどこだろうが関係なしに感知して飛んで来られるなら、わざわざロマスニズリ王国に行く必要はあったのかな? まぁ良いけど。
「……あら、お友達? 珍しいわね……ゴホッ……」
エルルリの家につくと、ベッドに横になった母親と対面した。
流石親子だけあって、エルルリが大人っぽくなった感じだ。
なお、口から血が伝う彼女の全身は光に包まれている。
もしかしたら、常に最上級回復魔法を掛けて、それによって呪いによって絶え間なくダメージを受ける自身の身体を治し続けているのかもしれない。壮絶だけど、すごい魔力量だ!
「ごめんなさいね、何もおもてなしが出来ずに……ゴホゴホッ……」
「ぐへへ。気にするな。事情は聞いている。それに、真の悪役貴族は、そんな些細なことは気にしない」
「そんなことよりも」と、僕は彼女に手を翳した。
「呪いを解いてやる」
目をパチクリした母親は、「ふふっ。ありがとうね。優しいのね。でも、どうかお気遣いなく。何もないけど、どうかゆっくりしていってね」と、微笑んだ。どうやら、冗談だと思ったらしい。
「『
「!」
僕の声に呼応して、母親の身体が一際眩く輝くと。
「解呪されてる!? ……信じられない……!」
上体を起こした彼女は、光が完全に消えていた。
どうやら、自身で掛け続けていた最上級回復魔法を停止したようだ。
「母さん!」
「エルルリ! ああ、エルルリ!! まさか、貴方を抱きしめることが出来る日が来るだなんて!」
涙を流しながら抱き合う親子の姿を見た僕は、背後から声を掛けた。
「ぐへへ。この借りは働いて返してもらう」
「勿論です! 本当にありがとうございました! 私で良ければ、どんな仕事でも、何年でも働かせて頂きます!」
「いや、働いてもらうのは、娘の方だ。ダークエルフに特化した超広範囲感知魔法は、エルルリにしか使えない。また、お前譲りの最上級回復魔法も有用だ。俺様たちの目的は、魔神復活を企むダークエルフを見付け出して倒し、攫われた仲間を助けることだ。なお、恐らくそいつは、お前に呪いを掛けたのと同じ奴だ」
「え? あのダークエルフを? しかも、魔神復活、ですか!?」
「流石に、娘にそんな危険なことをさせる訳には……」と、顔を曇らせる母親に、エルルリが微笑み掛ける。
「母さん、大丈夫なのだ! ヴィラゴは間違いなく強いし、勇者と元魔王までいるのだ!」
「あ、一応話聞いてくれてたんすね」
母親は、じっと見詰めた後、娘をそっと抱き締めた。
「……分かったわ。でも、どうか無理はしないで」
「うん、分かったのだ!」
※―※―※
その後。
「ぐへへ。中々美味だった」
「ご馳走様でしたっす! 美味しかったっす!」
「お口にあったようで良かったわ」
僕たちは、エルルリの母親の手料理に舌鼓を打った。
ハイエルフらしく、野菜と茸を使った料理ばかりだったが、サラダ、煮物、茸のバターソテーなどなど、全てが美味しかった。
ちなみに、「野菜なんて食ってられるかワン」と、肉と骨以外に興味がない魔王ターサには、僕が新たに骨を与えておいた。
※―※―※
この世界に住むダークエルフ全員に会ったことがあるエルルリに、サユが描いたマヴァヌの似顔絵を見せるが、彼女は首を横に振った(知らなかったけど、サユはすごく絵が上手かった! マヴァヌがどんな顔をしているかを伝えようとした時に、僕が困っていたら、サッと描いてくれたんだ!)。
「この男には会ったことないのだ。っていうか、この男が、父さんと母さんに……! 絶対に許せないのだ!」
「ぐへへ。もしかしたらマヴァヌは、感知魔法を妨害しているのかもしれん。魔法もしくは魔導具でな」
「せっかくの〝ダークエルフ特化感知魔法〟が防がれちゃうだなんて! そんなのどうすれば良いっすか!?」と、頭を抱えるサユに、僕は不敵に笑ってみせる。
「ぐへへ。俺様を誰だと思ってるんだ? 真の悪役貴族だぞ? 『
「! こ、これは!」
エルルリの魔力が増幅されて、全身から迸る。
「これなら! やってみるのだ! 『
目を閉じて、物凄い集中力を見せるエルルリの額に汗が浮かぶ。
少しして。
「微かな……ほんの微かだけど、ダークエルフの魔力を感じ取ったのだ! この魔力は、今まで感知したどのダークエルフとも違うのだ! すごく不気味で……嫌な感じがする魔力なのだ!」
目を見開いた彼女に、僕は頷く。
「ぐへへ。よくやった。では、行くぞ。敵のもとへ」
エルルリが、もう一度母親を抱き締める。
「母さん、行ってくるのだ!」
「ええ、気を付けてね」
身体を離した母親は、僕に頭を下げた。
「ヴィラゴさん、どうか娘をよろしくお願いします」
「ぐへへ。真の悪役貴族である俺様に任せておけ。俺様は部下をずっとこき使い続ける。だから、絶対に死なせない」
エルルリが、僕たち二人と一匹を見る。
「では、行くのだ! 『ワープ』!」
次の瞬間、僕たちは空間転移した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。