深海の灯Ⅱ

 アーディアは、前回の戦いが終わると一週間訓練をサボった。一日目と二日目はエリザベートを連れてサボり、三日目はホタルを連れて。残りの四日間は一人でサボった。

 過酷な戦い、戦争の悲劇と自分のサガ、命懸けの極限――そんなギリギリの状態に追い込まれた事など一切関係なく、彼女はサボった。竜宮城の中を探検したかったからだ。


 聞けばアーディアが仲間になる前に、エルピスは遊園地に遊びに行ったという。そんなバカな。だからアーディアも、エリザベートと遊園地とプラネタリウムへと行き、ホタルとはスケートリンクで遊んだ。


「そうして、四日目からの竜宮城内遭難中に何とか見つけたのが、このカフェだよ」


 アーディアはブラックで頼んだ珈琲に、小さな山が出来る程の角砂糖を放り込みながら誇らし気に胸を張る。木目調の内装に穏やかなBGM、誰もが落ち着くであろう静かな喫茶店だ。


 先刻の訓練で足の骨が折られる程ズタボロにされたアーディアだったが、ヨーベルからの応急処置を受けると、失効過学による治療は後回しにし、松葉杖でエルピスの少女たちを案内したのだ。


「確かに悪くありませんわね。読み物をするにも丁度良さそうですわ」


 エリザベートはミルクティーに口を付けながら、目の前のショートケーキを眺めている。大きなイチゴと綺麗な断面の純白、少なくても外見は王宮のパティシエが作ったものとの差を感じさせない。これが全て機械が作っているのだから驚きだ。


「見事な茶屋である事は否定しないが、訓練をサボった成果と言われると肯定も難しいな……」


 ホタルは抹茶と共に来た団子を齧りながら、何度目かわからない簡単な溜息を吐く。なまじ一緒に一度遊びに行っているから強く出れない。


「途中の服屋で着替えたのが良くなかったね、発信器全部外れちゃったから。パンツまで変える必要あったかい?」


 リッサは車椅子のまま誕生日席へと陣取り、とろみの付いたオレンジジュースを啜ってる。呆れ半分の声音だが、表情は明るい。


「だって、山の中歩いてても遭難した事はあっても死にかけた事は無かったし。無いんだね、竜宮城の通路に自生してるキノコって」

「科学叡智の寵愛を受けている癖に、科学叡智について無知過ぎますわ……」


 エリザベートがドン引きするも、アーディアはどこ吹く風と行った様子でエクレアを口に運ぶ。


「それにしても、ヨーベルちゃん来るの遅いね。メイド様なのに迷子になっちゃったのかな」

「ヨーベル君は迷子にならないよ。アーディア君とは違って」


 リッサの言葉を聞いているのかいないのか、アーディアはずっと思っていた疑問を口に出す。


「みんなはさ、ぶっちゃけどう?」

「どう、とは何がですの?」

「決まってるじゃん。ヒイングを恋愛対象として見れるかどうか」


 あー、と全員が遠い目をした。


「アーちゃんは? 聞き手から喋るべきですわ」

「生理的にも因縁的にも趣味的にも無理」


 即答だった。


「そういうエリザは?」

「そうですわね。顔と能力は見るところがありますわ。ですが、わたくしはあの手の自己中心的な人間は恋愛対象としては無いですわ、キャラが被りますもの」


 イチゴを口に頬張りながら、雑な感想をエリザベートが話す。


「ボクはどうだろ。ヒイングに限らず、基本的に告白されたら余程の相手でもない限りオッケーって言うつもりだから、そういう意味ではヒイングも恋愛対象の中かもしれないね。間違っても焦がれてはいないけど」


 リッサは首を傾げながら気負わず、それこそ明日同じ事を聞かれれば正反対の内容を返しそうな熱量で答える。


「拙者は……そもそも恋愛感情というのよくわからん!」

「かわいいなぁ」

「かわいいですわ」

「かわいいね」


 顔を真っ赤にしたホタルを、少女たちは三方向から撫でる。

 照れ過ぎたホタルが噴火する直前、扉の鈴が静かに鳴いた。


「遅くなりました……って、何をされているんでしょうか」


 店に入る前に一度のカーテシー。エルピスの誇るメイド様、ヨーベル・オーバーライトだ。一歩一歩の麗しい歩幅の間にも花が咲くような所作は、その恋する乙女とメイド様を完全に両立させている。


「恋バナだよ、恋バナ。ヨーベルちゃんは何を飲む?」

「皆様のされる恋バナ、ヒイング様の悪口のような気がしてあまり捨て置けないのですが。そうですね……コーラを」


 エリザベートの隣のソファ席へと座り、ふーっと息を吐いたところでヨーベルは自分が視線を集めている事を気付いた。


「えっと……なにか」

「いや、何でも無いといえば何でも無いが……」

「ヨーベルがそういうのを飲むイメージが無かっただけですわ。炭酸飲料なんて、ヨーベルのメイドイメージにはそぐわないと思っていましたもの」


 エリザベートの指摘に、ヨーベルは初めて自分の違和感を自覚する。


「……そうですね。ええ、どうやら、ヨーベルは少し動揺していたみたいです。ごめんなさい、メイドとしてあるまじき失態です」

「いや、コーラ頼んだくらいで大袈裟な……」


 アーディアは少し呆れるも、ヨーベルの思い悩んだ表情にある事に気付く。


「もしかして、今からヒイングボコボコにしに行った方がいい?」


 そしてアーディアは、全ての悪い事の原因はヒイングにあると信じている。


「よくあそこまでボコボコにされた直後に、もう一度闘志が沸くな……」

「いえ、いえ。確かにヒイング様との話が理由ではありますが、悪いのはヒイング様ではなく……どうしましょう、これ」


 配送ロボットが持ってきたコーラを受け取り、一口飲み込む。炭酸がベロを刺激し、ちょっとだけ顔を顰めたヨーベルは思い切って告げる。


「そうですね。エルピスのルール『仲間の望みを叶えろ』に則って、助けてもらえませんでしょうか」

「いーよ、しっかりと戦略を立ててヒイングをボコボコにしよう!」

「違います。ちょっとだけアーディア様はお静かに」


 ヨーベルは出来るだけ言葉を選ぼうとし、どうせ一から説明する事に気付き、単刀直入に告げた。


「ヨーベルの新しい故郷を燃やしに行きたいのですが」

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