カオス!甘狐喫茶の恐怖

ゆにくろえ

第1話 ——夜、そして日常の始まり!?——

街角の灯りがぼんやりと揺れる路地に、ふと現れた小さな喫茶店。看板には「甘狐喫茶」と書かれているが、古びた木の扉の奥には、どこか異世界めいた光が漏れている。


「ここ……本当に入って大丈夫かな……」


足を踏み入れたのは、ちょっとぽっちゃりした中年男性。彼の名は佐藤清志(仮名)。ずっと心の片隅で抱いていた願い――狐娘になりたい――を、ついに口に出す勇気を持った男だ。


店内は不思議な香りに満ちていた。甘い香ばしさと、どこか懐かしい匂い、そしてわずかに焦げた香り。カウンターの向こうには、九尾のような尻尾を揺らす少女が立っている。彼女の目は金色で、笑みはほんの少しだけ、人間離れしていた。


「いらっしゃいませ……お飲み物は?」

少女の声は軽やかで、でもどこか掴みどころがない。


佐藤は震える声で答えた。

「えっと……その……狐娘になりたいんです……」


少女は微笑むと、奥の棚から一杯のカプチーノを取り出す。カップの上には、ふわふわのミルクフォームで小さな狐の顔が描かれていた。


「では、このカプチーノを……」

少女が差し出すカップに、佐藤は自然と手を伸ばしていた。


一口、二口――飲み干した瞬間、世界がふわりと揺れる。

背中に熱く柔らかな感触が広がり、手足が軽くなる。鏡を見ると――そこには、ふわふわの耳と尻尾を持った、小さな狐娘の姿が映っていた。


「や……やった……狐娘に……なれた……!」


しかし、喜びに浸る間もなく、店内の少女たちがひそひそと笑う声が聞こえた。

「いらっしゃいませ、今日からあなたも私たちの仲間です」


清志はその瞬間、自分が単なる客ではなく、この店の新しい“店員”になったことを悟る。


* * *


カウンター越しに見えるのは、ふわふわの耳と尻尾を揺らす、自分自身の姿。清志はまだ慣れない動きで、カップを運ぶ。


「い、いらっしゃいませ……あの、こちらメニューです……」


向かいには普通の少女が座っているわけではなく、彼の前に座る客も、どこか非日常な雰囲気を漂わせている。ミルクフォームで描かれたカプチーノの狐の顔が、微笑むように揺れる。


「……あ、あの、注文は?」

清志はぎこちなく訊くと、客はにっこり笑って答える。


「じゃあ、契約のカプチーノを」


その言葉に清志の心はざわつく。契約……そう、これを飲むと誰でも狐娘になり、甘狐喫茶の“店員”として取り込まれるのだ。


* * *


奥のカウンターでは、すでに狐娘となった男性たちや、少し年配の“元じじい”たちが、ふわふわの耳を揺らしながら接客している。


「今日の新人さん、よろしくね!」

銀色の耳を揺らす少女が声をかける。

清志は深くお辞儀しながら、ぎこちなくも笑顔を作る。


「……こんな格好で接客するのか……」

ふと鏡を見ると、自分の狐耳がピクピクと動き、尻尾が床をかすめる。思わず吹き出しそうになるが、そこは店員としての自覚が芽生え始めていた。


——噂が広がる——


翌日。甘狐喫茶の噂は瞬く間に広がった。

「狐娘になれる喫茶店?まじで?!」

「男もじじいも狐娘化……!?これは……行くしか!」


若いオタク、コスプレイヤー、そして中高年のおじさまやじじいたちが、行列を作るようになった。


店内は戦場にも似た光景に――

ふわふわの尻尾を揺らす新人狐娘たちが、注文を取り、カップを運び、微笑む。

「……これも、仕事か……」

清志はまだ戸惑いながらも、次第にその“異様な日常”に慣れつつあった。


しかし、甘狐喫茶にはひそかに規則がある。

心から甘味を求めない者は、狐娘になれない。

そのため、押し寄せる客たちの中で、真に狐娘になれるのはわずか――。


清志は、ふとカウンターの奥を見つめる。

そこには、かつて“男”だったが今は狐娘として接客している仲間たちが、楽しげに尻尾を揺らしていた――。


「……俺も、ここで頑張るしかないか……」

甘く、ちょっと怖く、でもどこか心地よい日常が、静かに動き出した。

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