悪魔の植物園

 エミリアは先日セドリックの研究室に忍び込んだ際、地下室の廊下の奥にもう一つの階段があるのを見つけた。階段の位置からして屋敷の外に繋がっているようだった。

 エミリアは意を決して一人でその階段へと向かう。階段の先には扉があった。

 

 思い切って階段を開けてみたところ、そこにはたくさんの珍しい植物が植えられた温室があった。


「屋敷の外から見たときは、こんな温室なかったはずなのに……」


 セドリックの魔力で構築されたこの屋敷は、外から見える姿と実際の姿が異なるようだ。

 

 エミリアは温室に植えられた見たことのない植物に興味津々だった。花屋の娘として育った彼女は、人並み以上には草花について詳しい。しかしここにある植物は、どれも全く見たことのないものばかりだった。

 エミリアの顔よりも大きな花びらを持つ花、ランプのように光を放つ実のなる木、ガラスのような透明の葉を持つ草……。どの植物も魔法のような魅力を放っていた。


 エミリアが温室の中を見て回っていると、突然目の前にある背の高い花が揺れ始める。その花の毒々しい真っ赤な花粉が、エミリアに滝のように降り注ぐ。

 花粉の甘く濃い香りに酔い、しばらくすると視界がやけに開けていることに気づいた。なんと、エミリアの身体が温室の天井を突き破るほど大きくなっていたのだ。


 エルノールの森を覆うどんな木々よりも背が高くなったエミリア。


「これならあっという間にルーエンへ帰れるわ!」


 しかし、このまま帰ったのではセドリックにやられたまま。それならセドリックに少し仕返ししてから帰ろうと思った。


 エミリアは本物のドールハウスのように小さくなった屋敷から、セドリックを探してつまみ上げる。彼女の手のひらに乗せられたセドリックは何やら文句を言っていたが、エミリアはお構いなしで悪戯を始める。

 エミリアは衣装部屋からドレスを取り出すと、着せ替え人形で遊ぶようにセドリックに着せた。もちろんセドリックは暴れるが、巨大化したエミリアの前にはなす術もない。

 五着ほどドレスを着せ替え満足すると、今度は急にエミリアの視界が低くなる。みるみるうちに、エミリアは元の身長に戻ってしまった。


 そこに待ち構えていたのは、コルセットを手にしたマリア。


「お嬢様、お着替えの時間ですよ」


 マリアはエミリアの服を脱がしコルセットを身につけさせると、必要以上に紐を引っ張った。


「マリアさん! 苦しい!」


 エミリアが苦しむのもお構いなしに、締め付けはどんどんきつくなっていく。


「ごめんなさい……もう悪戯はしないから助けて……」


 息苦しさでエミリアの視界がぼやけていく。


◇◇◇


 エミリアがまた脱走を図ったことに気づいたセドリックは、連れ戻すためエミリアのいる温室へと向かった。

 すると温室には、植物の蔓に絡まり身動きの取れず苦しむエミリアがいた。しかもどうやら、幻覚を見せる効果のある花粉を吸い込んだようで、夢と現実の区別がついていないようだった。


「……少し待っていろ」


 呆れ顔のセドリックは透明な草を摘むとそれをすり潰し、エミリアの口に入れる。するとエミリアはすぐに我に返ったようだった。


「あれ? ……私、大きくなって……それで……」

「花粉のせいで幻覚を見ていたのだよ。一体どんな幻覚だったんだ?」

「それは……その……それより、助けてください! 身動きが取れないんです!」


 蔓に絡まったままのエミリアが助けを求めるが、セドリックはそれをニヤニヤと眺めるだけだった。

 彼が助けてくれないとわかるとエミリアは自力で脱出を試みたが、もがけばもがくほど締め付けは強くなる。一時間ほど奮闘したものの、すっかり涙目になっていた。

 そこでようやくセドリックが助けると、エミリアは子供のように真っ赤な顔で泣きじゃくる。

 そんなエミリアを抱き上げ、セドリックは微笑んだ。


「冒険はほどほどにね」

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