悪魔と交わした【約束】は、永遠に解けない愛の鎖となりました。
知琴
森に棲む者
――エルノールの森には悪魔がいる。
エミリア・フェンウィックの暮らすルーエン村には、古くからそんな言い伝えがある。
実際にエルノールの森では、何人もの人間が行方不明になっている。ゆえに一人で森に入ったり、夜間に森へ立ち入ったりすることは、固く禁じられていた。
エミリアにはウィル・ハートンという婚約者がいる。村長の息子である彼は、花屋の娘の彼女に一目惚れした末に交際を申し込んだ。エミリアはそれを喜んで受け入れた。
そんな彼との結婚準備のため、二人はノクテラという街へ結婚式に必要なものの買い出しへ行くことになった。
ノクテラへ行くにはエルノールの森を通る必要があるため、暗い時間に通らずに済むよう計画的に移動することにした。
出発前日になり、エミリアの妹であるカミラが甘えるように話しかけてくる。
「お願い!私もノクテラへ連れて行って!」
思えば妹はまだ一度もルーエン村から出たことがなかった。
「ウィルが良いと言うなら私は構わないわ」
エミリアがそう答えると、カミラは喜んでウィルへ頼みに行った。
戻ってきたカミラはご機嫌で了承されたことをエミリアに伝える。
こうして街へは三人で出かけることとなった。
行きは順調そのものだった。エミリアが一緒に来ることになった以外はすべて予定通り。予定していた時間にエルノールの森を抜け、ノクテラへとたどり着く。ノクテラでの結婚準備も滞りなく進んだ。
気になることがあるとすれば、ウィルとカミラの距離がやけに近い気がする。その程度だった。
三人は街に二日滞在し、三日目の早朝に村へ帰るためエルノールの森へと向かう。
帰りも順調と思われたその時だった。
ノクテラとルーエン村の中間地点まで来た時、突然ウィルとカミラは足を止めた。
エミリアが不思議に思っていると、ウィルは徐に近くにあった石を手に取る。そしてエミリアを突き飛ばして転ばせると、彼女の足をその石で執拗に叩いた。
「痛い! 何をするの!?」
エミリアが痛みで思わず声を上げると、ウィルとカミラは恋人のように寄り添い、嘲笑うような表情でエミリアを見た。
「……まさか、浮気をしていたの……?」
二人は何も答えず、痛みで動けないエミリアを放置してルーエン村の方へ向かって行った。
エミリアもすぐに後を追おうとするが、石で執拗に叩かれた足は骨にヒビが入っているようで、まともに歩くことができない。
それでもなんとか少しずつ歩みを進めたものの、気づけば辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
――エルノールの森には悪魔がいる。
言い伝えを思い出したエミリアは恐怖と心細さで思わず泣いてしまった。すると遠くの方から、馬の足音と車輪が地面を擦れる音が聞こえた。
しばらくすると一台の馬車がエミリアの前で止まる。
「こんな時間に一人で何をしている?」
馬車の中から、黒い髪に赤い瞳の美しい男性が出てきて、エミリアに声をかけた。
エミリアは警戒した。こんな時間にタイミングよく助けが来るなんて……あまりにも出来すぎている。
(まさか彼が噂の森の悪魔?)
そう思ったエミリアは彼の言葉を無視して移動しようとした。けれど痛む足は思ったように動いてくれない。
男はそんなエミリアの様子を見てくすりと笑い、「失礼」と言ってエミリアを抱き上げ馬車に乗せる。
「降ろしてください!」
エミリアの抵抗も虚しく、男は馬車を走らせた。
辿り着いたのは大きな屋敷だった。大きな庭園に囲まれたその屋敷は、昼の光の中で見たらさぞかし綺麗だろう。
セドリックと名乗るその男は再びエミリアを抱えると、屋敷の中へと連れて行った。
セドリックはエミリアを二階にある客間へ連れていくと、足を丁寧に手当てしてそのまま部屋から出て行く。
(悪い人ではないのかな)
まだ半信半疑だけれど、先ほどまでの疑う気持ちは少しだけ消えていた。
セドリックに渡された痛み止めが効いたのか、それとも疲れが溜まっていたせいか。
その夜はそのまま気絶するように眠ってしまった。
翌朝になると足の痛みは不思議なくらい引いていた。まるで魔法でも使われたように。
エミリアはセドリックにお礼を言うと屋敷を出てルーエン村へと向かった。
しかし、どれだけ歩いても屋敷の目の前へ戻ってしまう。念のため木に印をつけてみても、まるで意味がない。
ひたすら歩き続けるうちにまた日が傾いていく。
そして七回目に屋敷へ辿り着いたとき、門の前でセドリックが待ち構えていた。
(やっぱり彼は悪魔なんだ)
エミリアがそう理解した時にはもう手遅れ。セドリックは優しい笑顔でエミリアを抱きしめる。
「ようこそ。そしておかえり」
――エルノールの森には悪魔がいる。
ルーエン村から一人の娘が消えた。
もう二度と戻ることはない。
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