第4話 妖艶な美女 エマ

ライアンが目覚め、アイテムボックス収納が使用できるようになった日の翌日まで時間を遡る。


「野宿は良いとしても、腹が減った……喉も乾いたぞ……

 サタナキアの言う通り、全ての食料をアイテムボックスに収納しなければ良かった……

 朝露を集めれば、少しは喉の渇きを癒せるだろうか……」


「喉が渇けば小便を飲み、腹が減れば排泄物を食べれば良かろう。」


「だまらっしゃい!俺は ウサギじゃないんだ。そんな事をやる必要がない体をしているんだよ!

 だいたい、そんな事をやれば、俺は人間として何か失ってはいけない何かを失う気がするんだっ!」


「お主は、文句が多いな。空腹を満たしたければ、獲物でも捕らえると良い。」


「昨日の出来事の所為で、体が自由に動かないんだよっ!

 くそっ!まるで全身を重い鎧で覆われているかのようだぜ。」


昨日の出来事であるが、お宝を全て収納し終えた後、俺は サタナキアの友人とか言う凄い美女を紹介された。

名前は確か、エマとか言っていたな。俺の隣に座り、いきなり俺に自分の肌を密着させてきたので、思わず俺は体を仰け反らせてしまった。

クスッと妖艶な笑みを浮かべながら、俺の太ももに手を乗せて優しく触って来る……


心臓が激しく鼓動し、俺の体温が上昇するのが分かった。

その後、急に意識が遠のいたが、何かとても気持ち良い体験をした気がする……


俺は暫く気を失っていたようだったが、意識がハッキリした時には エマの姿は何処にも無かった。

そればかりか、俺の体が鉛で出来ているかのように全身が重い!

まるで地獄の訓練直後のような感じだが、それ以上の疲労感に襲われている感じだ。


「はぁ、情けない。ちゃんとエネルギーを制御しないからだ。

 体を巡るエネルギーを感じ、上手く制御できるようになる事だな。」


「何だよそれ?……と、言うより、エマさんは何処へ行ったんだ?

 もしかして、もう帰ってしまったのか?」


「エマの後を追うより、今は生き残る事を優先した方が良いのではないか?

 今のお主では、直ぐ他の生物に捕食されてしまうぞ。」


マジかっ!?

全身が鉛の様に重く動きの遅い俺は、魔獣に捕食されてしまうのかっ!?

それは非常にマズいぞ。


走って逃げようにも直ぐに息が上がるし、マジに体が重い……

余計な事を考える気力も無いし、本当に生き残る事を真剣に考えよう。


大切な事は、敵に見付からない事。

それに、水と食料の確保だな……動物や魔獣を捕まえるには、罠を仕掛けるしか手段がないだろう。

今、戦って獲物を捕まえる自信が俺には無い。


残るは、木の実や食べられる植物を採取して喉の渇きと飢えを凌ぐしか……

他の昆虫や動物が食べている物なら、人間にだって食べられるはず!だよな?


水辺の近くなら食料等を得やすいが、同時に自分が他の魔獣から捕食される危険性も増大する。

飲み水や餌のある場所に生物は集まる。当然、その集まって来る生物を狙っている捕食者もいる訳だ。

それが、大自然の掟!というものだろう。


そんなこんなで、俺は危険の高い場所を避けて山中を慎重に移動してきたが、いまだまともな食料にありつけていない。

いざとなれば、周りに生えている雑草を食べれば、少しは空腹を満たせるに違いないが……

空腹と重い体の所為で、俺は冷静さを保つのが難しくなっていた。


何もかもが上手く行かなくなった時、そんな場合は、どうすれば良いか?

答えは、ふて寝に限る!何をやっても、上手く行かない時は上手く行かないものだ。

そんな訳で、俺は体を温かくして眠れる場所を探して休む事にした。


最悪、野宿でも構わない。

問題は、敵に襲われる可能性を低くして眠れるか?だが……


「お主が眠っている間、私が敵の探知をしてやろう。

 危険を察知したら、お主を起こしてやるぞ。」


「否、否、敵を探知できるなら、わざわざ警戒しながら移動して来なくても良かったのでは?

 そんな便利なものがあるなら、最初から言ってくれよっ!」


「お主の成長を温かく見守るのが、私の優しさだ。

 いきなり猛獣や魔獣と戦わせる為に、お主を誘導したりはしなかったであろう。」


いずれは、猛獣や魔獣と戦わせる気かいっ!

気力は削られ、体はまともに動かせず戦闘も出来ない……

本当に 3年後、俺は死ぬのか?俺の残り寿命 ●●日とか、カウントダウンが入るのは嫌だぞっ!


いまいち信用できない サタナキアに任せて眠りについた俺は、翌朝空腹で目が覚めた。

そして現在に至る!って訳だ。


「昨日よりマシだが、今日も体が重い。まるで重い鎧を装着しているかのようだぜ。

 今日は真面目に食料を探そう。将来の事は、この状況下で生き残る事が出来てからだな。」


「お主にしては、前向きな考えだな。即死するような毒以外は何でも食べて、健康に育つが良い。」


「毒を食べさせる気かいっ!子育てのやり方が、間違っているんじゃないのか?」


「崖から突き落として、自力で這い上がって来た者だけを鍛え上げるのだ。

 環境に上手く適合できた生物のみが、生き残る事ができるからな。」


環境に上手く適合できる事が生き残る条件なら、無理に鍛え上げる必要は無くないか?

サタナキアの助言は、全てが役に立つとは限らない。絶対、俺を貶めて楽しんでいる節があるよなぁ。

それとも、何か壮大な計画の一部なのか?


「……駄目だ。腹が減って熟慮できない……何か食い物をくれ~ぇ!」


「美味しい果物と、腐りかけの死骸。どっちが食べたい?」


「勿論、美味しい果物を食べたいに決まっている!」


「それならば、右後方へ 400メールほど移動した場所にある可能性が高い。行ってみるか?」


俺は 「勿論!」と答え、心躍らせながら目的の場所を目指した……

確かに、美味しそうな果物の木がある……が、その木の近くには魔獣が陣取って、此処は自分の縄張りだ!と主張しているかのようだ。


「あれ、強いですよねぇ……」


「勇者なら、一人で倒せるのではないかな。」


否、否、俺は勇者じゃないし……あんな化け物は倒せません!

というより、あの魔獣に見付かったら、殺されてしまうぞっ!

あの美味しそうな果物は惜しいが、命はもっと惜しい!


「果物を取りに行かないのか?腹が減っているのだろ?それとも魔獣が怖くて逃げ出すのか?」


「金が欲しいんだろ。今日が借金の取り立て日だよな。それとも警備兵が怖いのか?的な言い方はやめてもらおうか。

 俺は正義を貫く男だぜ。悪事を行ってまで、金はいらねぇよっ!」


「口先だけの政治家みたいな事を言いよってからに……

 論点をずらしても駄目だ。今迫られている決断に悪事は関係ない。

 お主は魔獣が怖いのか?と、私は聞いているのだ。」


え~ぇ、怖いですとも。

3千人以上の軍隊で攻め込んでいる時は、恐怖心より使命感の方が強かった。

一人で戦うのではない。これだけの兵力なら、そうそう負けない!と思っていたさ。

俺も軍隊組織に所属した以上、戦え!と言われれば戦いに赴く。


しかし、一人で強そうな魔獣と戦え!と命令されるとは思わなかったぞ。

それも、自分の所属していた軍隊からではなく、得体の知れない サタナキアから命令されるなんて……


「そうか。それならば、そこに落ちている小枝を拾って空高く投げてみると良い。それくらいならお主にも出来るだろ?」


俺は、サタナキアに馬鹿にされて怒りの炎に火が付いた。

サタナキアに言われるがまま近くに落ちていた小枝を拾って、思いっきり上空へと投げ捨てると……

上空の強風に煽られて俺の投げた小枝が魔獣の方向へと流されて行く!


マズい!と思った時は、時すでに遅しで小枝の当たった魔獣と目が合ってしまったではないか!

「おいっ! サタナキア!魔獣が俺達に気付いたぞ!マジヤバいって!」


物凄い速さで魔獣は俺達に接近して来る。ふざけた事をする人間を瞬殺する為、強烈な体当たりや必殺の一撃を喰らわせる確固たる強い意志を、俺は感じ取った。

やらなければ、俺がやられる!


もう戦うしかない!こんな事なら、アイテムボックスに収納せず、俺の好物だった牛肉を腹いっぱい食べておくんだった……

んっ? アイテムボックス!?


そうだ!アイテムボックスの収納を使えば、助かるかもしれない!

既に対象物を意識する事は出来ている。後は、収納するタイミングだけ……

収納できる距離は 20メートル以内。十分引き付けたと思ったところで発動させれば良い。


俺は、いまいち距離感を掴むのが下手らしい。俺が収納を発動させたのは 10数メートルの場所だった。

魔獣は何か飛び道具の様な武器を俺に向けて発射してきたが、その武器毎アイテムボックスに収納されてしまった。

飛び道具も同時に収納されて助かった……魔獣の名前は「ドグ」。飛び道具の名前は「棘槍」。

別々に収納される様だ。


「何事も初体験というものはある。これがお主の戦闘におけるアイテムボックス使用の初体験という訳だな。」


初体験か……アイテムボックスって、戦闘でも凄く役立つんじゃないのか?

使い方を間違わなければ、物凄く強い武器になる。


こうして俺の、レベルアップが始まりを向かえたのであった?

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