癒やしを求めたら、奇跡と呼ばれて幽閉されました。

柊すい

第一章 祈りの街グライフェナウ

第1話 監督からのDM



 夜。

 田中は残業を終え帰宅する。

 ネクタイを緩め、息を吐く。部屋は静まり返っていた。


 疲労のせいか、机の上のお菓子の袋がやけに鮮やかに見える。

 仕事帰りに買ったまま、開けずに放り出してあったものだ。


 PCを立ち上げ、何気なくSNSを開く。

 懐かしい名前が目に止まった。――山田。

 学生時代の友人で、昔はよく一緒にバカみたいな動画を録った旧友だ。

 今は映画監督をしている。


 「コンテ完成。明日から撮影」


 投稿の一文と、机の上に広げられた資料の写真。

 彼は苦笑し、肩をすくめる。

 情熱を失っていない人間の眩しさに、ほんの少しだけ羨ましさを覚えた。


 そのとき、DMの通知が鳴る。

 山田からだった。


 「これ、催眠使いのお前に見てほしい。感想くれ」

 +短縮URL。


 「……催眠使いって、何だよそれ」


 田中は笑い、軽い気持ちでクリックした。

 袋を開け、お気に入りのグミを1粒口に放り込む。

 人工の甘さが広がり、疲れた神経が少しだけ緩む。


 画面に映ったのは、薄曇りの丘。

 葡萄畑が連なり、遠くに灰色の城壁と鐘楼が見えた。

 風の音、祈る人々、そして剣を構える兵士。

 映像はまるで現実のようだった。


 「……相変わらず、やるな」


 そうつぶやいた直後、画面が白く弾けた。


 強烈な光。音が消える。

 視界が裏返るような感覚。

 体が浮き、落ちる。




 不意に、風の音がした。


 田中は目を開ける。

 そこは、映像で見た葡萄畑の真ん中だった。

 風が葉を鳴らし、遠くで鐘の音が響く。


 土の匂いが、あまりに生々しい。

 光の温度が、現実そのものだった。


 「……転移、か?」


 言葉が自然に出た。

 驚きより、納得が先だった。


 「ステータスオープン!」「ウィンドウ!」「メニュー!」「コンソール!」「GMコール」


 空に語りかける。


 「……反応なし。うん、やっぱりゲームじゃないのか」


 がっくりと肩を落とした。しかし、次のようにも思う。


 息はできる。重力も地球と同じ。

 ――つまり、生きていける世界だ。


 軽く笑う。


 「まあ、仕方ないか」


 空を仰ぐと、灰色の城壁が見えた。

 塔が立ち、鐘の音が風に流れている。


 「……街? ……城?」


 それだけつぶやき、田中は歩き出した。

 革靴が土を踏む音が、妙に軽い。

 この世界が何であれ、生きていくしかない。


 その城壁の向こうに、まだ知らない街と運命が待っていた。



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カクヨムにて、ちゃんと連載するのは初めてとなります。

どうぞ、お付き合いください。


※同名の小説を「小説家になろう」にも掲載しております。

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