自分

yasunariosamu

第1話

「ちょっと何してるんです。」

「いえ、生意気な奴を懲らしめようとしてるんですが、何か透明な壁の中に入ってるんです。」

「アイツですか?」

「いえ、アイツではなく隣のアイツです。」

「随分と君に似てますね。」

「そうなんですか?えらく攻撃的でしょう。ほら、私に向かって威嚇してくる。」

「本当ですね。でも、大目に見てあげたらどうです。見たところ、狭いカゴの中に押し込められてイライラしてるようですし。」

「狭いカゴって言ったって、これベンツでしょ。人間の乗ってる箱の中でも最高級だってのは私でも知ってます。」

「ああ、そうなんですか?」

「そんな、贅沢な生活を送ってるのに、私に敵意をむき出しにするなんて、本当忌々しい。」

「ちょっと、そんな固い檻を嘴で突いたら、嘴の方が曲がっちゃいますよ。」

「向こうも一緒です。」

「向こうの嘴が折れようが曲がろうが、あなたの生活にはなんの支障もないでしょう。でも、あなたの嘴が折れたり曲がったりしたら、明日からご飯が食べれなくなるじゃないですか?」

「まあ、そうですね。その時は治るまで誰かに頼らないといけないですが。」

「私は嫌ですよ。自分のことで精一杯です。子供だっているんですから。」

「わかりました。少し頭を冷やしましょう。でも、見てください。こうして少し距離を置こうとすると、挑発するように、あの小窓からこっちを覗くんです。」

「私の位置からは見えないですね。どの小窓です。ああ、あれですか?」

「そうです。ああ、見てますね。」

「チ!トコトン私を愚弄する気ですね。」

「あの、少し不思議なんですが、向こうの彼、私と同じ動きをするんですが?」

「同じ?」

「ほら、右の翼をあげると、向こうの彼は左の翼をあげます。左を向くと、右を向くんです。」

「同じじゃないじゃないですか?逆でしょ。」

「そう、向きが逆向きなだけで、同じ動きです。ちょっと突いてみてください。」

「あ、向こうも突いてくる。どういうことです?」

「これ、聞いたことあります。鏡とかいう奴じゃないですか。自分そっくりの姿が見える人間の道具です。」

「これが?じゃあ、さっきからむかつく顔をしているアイツは私自身ということですか?」

「そうなりますね。」

「これは、お恥ずかしい。いままで、自分に腹を立ててたんですか?」

「そうなりますね。ほら、そこの足元、黒いですが、同じようにあなたが写ってます。」

「フン!ほんとだ、私がつっつくとむこうもつっつきます。こんなものがあるんですね。」

「でも、だいぶ固い。ホラ。何回突っついても、少し傷ができるくらいで、穴も空きません。」

「本当だ、体当たりしたらへっこむくらいはするんじゃ。」

「これだけ固いんです。やめといた方がいい。こないだご馳走になった鳩君みたいになりますよ。」

「ああ、人間の建物に突っ込んで死んでたあれですか。」

「そうそう、これみたいに向こうの見える壁にぶつかって首の骨を折ってたでしょう。」


「死ぬのはごめんですね。わかりました。やめときましょう。」

「こんなくだらないことはやめて、そろそろ、田んぼに行きませんか?人間どもが働き始める時間です。奴らに追われた、カエル達が、ゾロ出てくるころですよ。」

「もう、そんな時間ですか。それは急がないと。」


そう言って、二羽のカラスが、糞をして飛んだ。

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