9 四月三十日、朝
四月三十日の朝、軽くひと泳ぎしたはずの俺は、またタイムを更新した。
「今までになく絶好調だな、バショウ」
「コーチも言ってたけど、肩の力が抜けただろ。バショウさん」
「上を目指すバショウを追いかける構図、崩せる気がしないなぁ」
プールから上がって休憩していたら、二十八日に昼を一緒に食べた仲間がぞろぞろやって来た。
「いやもう、バショウでもバショウカジキでもサメでもなんでもいいけど。お前ら全員、基本的に俺と被ってない種目だし、お前らはお前らで速いだろが」
一昨日の昼にした会話を再現する気分で、呆れながら返した。
それはそれ、これはこれ。
めいめいに言って、休憩し始める仲間に、
「お前らさ」
それとなく、冗談のつもりで聞いてみた──つもりだった。
「本人が辿り着いたなら、非公式ファンクラブじゃなくなるな」
「鮫島にお知らせするのはなー、負担になりそうで気が引けたんだよな」
「本人すでに頭抱えてるから、もう負担だろこれ」
マジで実在すんのかよ、よく分かんねぇ非公式ファンクラブ。
「いや……なんか……お前らに迷惑かけてそうで悪い……すでに迷惑かけてたら悪い……」
呻くようになってしまったが、なんとか謝罪して姿勢を戻した。
仲間たちは「迷惑かかってないし、公式記録見れば分かるからって、鮫島の情報も流してない」と言ってくれた。
「有り難い……マジで感謝する……俺は一般人なんだよ……身内にも他所様にも迷惑かけたくねぇんだよ……」
ため息と共に吐き出したら、
「迷惑かけたくねぇは分かるけど、一般人ではねぇだろ。競泳の覇者」
「お前のどこが一般人だ、ケンカ売ってんのか競泳の覇者」
「バショウから覇者に戻してやろうか、競泳の覇者」
仲間たちに小突かれ、
「分かったやめろ。覇者はやめろ。一般人ではないと認めます、やめてくれ」
コイツらもやっぱ『泳ぐこと』への誇りがあるよなと、改めて実感した。
「俺、もう一回軽く通す。まだ時間あるし」
半分は逃げる口実だと理解しているのだろう、仲間で友人の三人も泳ぐと言って、俺と共に立ち上がる。
その友人の一人が、
「そういや、ファンクラブの話どっから聞いた?」
確認するように聞いてきた。他の仲間も軽い調子で乗ってくる。
分かってんだろ、と心の中でぼやいた。
こっちも隠すつもりないし、それも分かってんだろ。心の中でぼやいてから。
「燐音から聞いたんだよ。燐音にはめちゃくちゃ迷惑かけたみたいだし、お前らにも迷惑かけてないか気になった」
「だよな」
「予想通りの答えだった」
「そうだと思ってたそのままだった」
呆れた反応を示され、
「分かってんなら聞くんじゃねぇよ」
呆れ返してやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます