8 四月二十八日の夜、二人だけの公園
「……俺が固まったから、くじらだって気づいた?」
頭を撫でながら聞いたら、燐音の瞳が少しだけ彷徨った。
「ん、聞き方変えるよ」
燐音の頭を、慈しみ込めて撫で、
「俺が固まったから、くじらだって確信したか?」
「ぅ……」
可愛く小声で呻く燐音の頭を、ぽんぽんと軽く撫でる。
「ここまで来たら全部聞くけどさ。最初にフォローと登録してくれた『ことり』さん、燐音だろ」
悪人面で苦笑したら、燐音が驚いたように目を瞬かせ、
「ば、ばれ……えと、その、……そう、です……うぅ……」
恥ずかしそうに、また俺の胸へ顔を押し付けた。
可愛い燐音を抱きしめ直し、頭をゆっくり撫でていく。
「最初は『もしかして』くらいで、俺も確信持ててなかったよ。けどお前、全力を出しがちで、ナイショにするのも可愛い感じに下手だから」
コメントやメッセージをくれる『ことり』さんが、鮫島直しか知らないはずの情報をポロポロこぼす。
「だから燐音かなって思い始めて、でもお前は言ってこなかったし、俺から聞く訳にもいかないし」
燐音に探し出してもらう目的で作ったのに、自分からバラしたら意味がない。
「他の人たちからのコメントやメッセージも嬉しかったけど、ことりさんな燐音からのが、一番嬉しくて次も頑張ろうって思えちゃうんだよな」
ぎゅう、とまた縋るように抱きしめてきた燐音が、
「その……自分で言うのも、なんですが……」
不安そうに、
「怖く、ない……? わたし、ストーカーっぽくない……?」
「怖くない。ストーカーとか思わない。可愛い」
聞いてきたから、断言した。
「でも……わたし……なおちゃん好きだし……大好きだし……アイツみたくなっちゃったら、どうしよう……」
「ならない、大丈夫。燐音は燐音だ。俺は燐音が好きだよ。俺のこと大好きって言ってくれる燐音が、俺は大好きなんだから。絶対に大丈夫だよ、安心してくれ」
燐音に安心してもらえるように。
「格好良い俺になる努力、もっとするから。だから安心して「やっぱりなおちゃん全然わかってない!!」っえ?」
なぜだか怒らせてしまった。なんでだ、何が悪かったんだ。
考えようとしたら、燐音が顔を上げて可愛く睨みつけてきた。
「カッコ良いなおちゃんがですね! どんどんカッコ良くなってるから! なおちゃんを狙う人たちがいっぱいです!」
どういうこと。
「なおちゃん取られちゃうって思って! なおちゃん、モノじゃないけど! 誰かの彼氏になっちゃう前に! 気持ちだけでも伝えたかったの!」
「……ごめん、やっぱちょっと分からん」
燐音が可愛すぎること言ってくれたのは、分かるけど。
「前半がさっぱり分からん。そういう意味で狙われた覚えとか、全くないんだけど」
今までの記憶を辿っても、今日の昼にあったような──ぱっと見が可愛い『悪人面』だから面白がる、怖がる、からかう、距離を取る。そんな人間ばかりが頭に浮かぶ。
食堂での出来事を簡単に伝え、
「そういう態度とかの人ばっかだぞ?」
悪人面で苦笑して、可愛く睨みつけてくる燐音の頭を撫でたら、
「ホントにわかってない! カッコ良いなおちゃんめ!」
余計に怒らせてしまった。可愛い感じに。
「カッコ良いなおちゃんにチラッとでも目を向けてもらって、先輩たちは嬉しかったんだよ?! たぶん絶対! きっと絶対!」
大丈夫か燐音、お前ちょっと、一回深呼吸するか?
可愛く怒る燐音を落ち着かせるために言おうとして、
「なおちゃんの非公式ファンクラブあるの知らないでしょ?!」
「なにそれ知らん怖い」
ヤバそうな名称を聞かされ、反射的に思ったままを言っていた。
可愛く睨みつけて怒る燐音が、可愛く怒りながら教えてくれる。
最初はわかっていなかった。単純に、俺と仲良くなりたい人ばかりなのだと思っていた。
俺と仲のいい燐音に、俺のことを教えて欲しいと聞いてくる人へ「本人に聞いたほうが」と、俺と知り合って友達になったらと、伝えても。
直接なんて恐れ多い、遠目で充分だと遠慮され、少しずつでも『鮫島直』がホントは格好良くて優しくて……えーと、まあ、燐音なりに『俺のプレゼン』をすれば、そのうち俺と友達になってくれるかと思っていた。
俺のことを教えて欲しいと頼まれることが増え、いつかみんなと俺が友達になれたらと思いながらプレゼンしていくうちに。
「なんか気づいたら『非公式ファンクラブ』できちゃってた! ごめんなさい! わたしにもいつの間にか『ファンクラブの名誉会長』っていう肩書きがついてた! すぐに辞退しました! ごめんなさい!」
「いや、燐音は悪くない。名誉会長の辞退はありがとう、マジでありがとう。……なんっだそれ……」
頭を抱えたくなり、ため息を吐きながら自分の代わりのように燐音の頭を抱えて抱きしめ直し、浮かんだ疑問をぽつりとこぼす。
「……なんで今まで非公式ファンクラブのこと、ナイショにしてたかって聞いても大丈夫か?」
「なおちゃん優しいから、教えちゃったらファンクラブ認めちゃうでしょ?! 非公式が公式、公認?! なんかそういうのになっちゃうでしょ?! なおちゃんがもっと大変になっちゃうって思いました! ごめんなさい!」
胸の中で可愛く怒って謝られ、思わず唸った。
「ご、ごめん……なおちゃん……ちゃんと早く言うべきでした……」
おずおずと謝られ、
「いや……燐音はなんも悪くない……燐音の言う通り、認めてたと思うから……気ぃ遣わせてごめんな……」
抱えた頭を、謝罪も込めて優しく撫でる。
俺が優しいかは別として、ファンクラブだの公式非公式だのと聞かされても、悪人面で「勝手にやってろよ」と『認める』発言をしていただろう。
燐音の予想は間違ってない、正しい。
「でもな、燐音」
腕の中に居る特別な存在を確かめるように、ゆっくり頭を撫でながら、
「俺が好きなのは燐音だから、そこは分かってくれよ。ファンクラブがどうとか、俺を気にする人がどうとか」
存在してもしなくても、関係なく。
「俺が好きなのはお前だよ、小鳥遊燐音だけなんだよ。それだけは分かってくれ、頼むから」
恥ずかしさも気後れも頭から追いやって、受け止めてほしい自分勝手な思いを、静かに強く伝えた。
「なおちゃんが……格好良い……くそぅ……」
胸に顔を押し付け可愛く唸ってくれる愛おしい存在が大切で、泣きそうになりながら笑う。
「燐音」
頭の中で屁理屈こねてたけど、やっぱり。
「俺、燐音の彼氏になりたい。大切で大好きな燐音の彼氏になってもいいか?」
「……なってほしい、です。なおちゃんの、その、かの、じょ、に、なりたい……です……」
恥ずかしそうに消え入りそうな声での返事も、抱きしめているからしっかり届いた。
「うん、ありがとうな、燐音。これからよろしくな」
「こ、こちらこそ……よろしく……です……なおちゃん……」
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