第19話 光の都で、最初に出会った香り
飛行機の扉が開いた瞬間、冷たく乾いた空気が頬を撫でた。
「……これが、パリ……!」
こはるはスーツケースを押しながら、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
長旅の末に辿り着いた他国の空気は、それだけで特別だった。
到着ロビーへ向かう通路を進んでいくと、
きりっとしたスーツ姿の女性が一人、こちらに軽く手を挙げる。
品よくまとめられた髪、鋭さを秘めた目。
日本の刑事らしい落ち着きが、異国の空港でも際立っていた。
「あ、いた! 朝露巡査!」
健太が声を上げると、朝露巡査は落ち着いた笑みを浮かべた。
「みんな、お疲れさま。長いフライトだったでしょう?
……全員、無事ね」
その声は穏やかだが頼もしくて、こはるは自然と安心した。
「はい……!ついに着きました!」
朝露巡査は慣れた様子で案内を始める。
「まずはホテルへ向かいましょう。荷物を置いて休んで。
この街は魅力的だけど広いわ。体力は残しておかないとね」
歩き出す背中に、健太が小声でつぶやく。
「なんか……朝露巡査がいると、一気に安心感あるよな。
海外なのに日本の“安心の空気”まとってるっていうか」
香澄もふっと笑う。
「本当に。頼りがいの塊ね、あの人」
空港の外へ出た瞬間、こはるは思わず声を上げた。
「見て!!あれ……!」
淡い石造りの建物、並木道、路線バス――
どこを見ても、ガイドブックで見た“パリ”だ。
「すご……本当にパリなんだ……!」
悠も静かに外を見つめる。
「生で見ると、街の雰囲気に圧があるな……」
タクシーに乗り込むと、こはるはさらにテンションが上がった。
「石の家かわいい!
パン屋さんめちゃくちゃ多いんだけど!?
あの建物、教会!?うそ……絵本の中……!」
「落ち着け」と悠は苦笑したが、
彼自身もずっと外を眺めていた。
香澄はガイドブックを開いてうっとりしている。
「ここ、19世紀の街並みが多いエリアね……空気まで美術品……」
健太はただ感動に声を低めた。
「ひぇ〜、映画のロケ地かよ…」
そんな中、朝露巡査が前の席から振り返る。
「宿泊先は治安の良い場所に取ってあるわ。
観光にも調査にも動きやすいはずよ」
その言い方は、ただの旅行ではないことを示していた。
ホテルへ到着。
白い外壁、黒鉄のバルコニー。
エントランス前には小さな丸テーブルとカフェチェア。
「……かわ……!!」
こはるは完全に語彙を失った。
ロビーに入ればクラシックなランプが柔らかく灯り、
カウンターでは流れるようなフランス語が聞こえる。
「おしゃれすぎて倒れそう……!」
健太も感嘆の声を漏らす。
悠もわずかに苦笑した。
「ここ、写真より何倍もきれいだな」
チェックインを済ませ、部屋へ向かうと――
窓の外にはパリの街並みが広がっていた。
赤い屋根、石畳、バルコニーの花々。
「ここに……泊まるんだ……!」
こはるは窓に手を当てて、夢のような光景に息を呑んだ。
そのときだった。
ふわり――と甘い香りが漂った。
「え?なんか甘い匂いしない?」
こはるが振り返ると、香澄も空気を嗅ぐ。
「……チョコレート?
いや、カカオ……かなり濃いわね」
健太の目がキラキラ輝く。
「なんだと!?チョコ!?今すぐ買いに行く!!」
悠は窓の外を見ながら冷静に言う。
「近くに工房か店があるんだろうな。
でも……この香り、なんか不自然に強い」
朝露巡査が腕を組んで窓辺に立つ。
その表情は少しだけ険しい。
「実は──今回の任務に関係している可能性が高い香りなの」
四人が一斉に振り向く。
「任務って……チョコと?」こはるが言うと、
朝露巡査は静かに頷いた。
「“特別なチョコレート”を作っていると噂される店が、この近くにある。
……まずは休んで。
でも、準備しておいて。すぐ動くことになるわ」
その瞬間、風がふっと吹き込み、甘い香りが一層濃くなった。
甘いのに、どこか鋭い。
呼び寄せられるような、落とされるような香り。
こはるは思わず息を飲んだ。
(……なんだろう、この……胸がざわつく感じ……)
パリの朝の風がカーテンを揺らし、
まるで“始まり”を告げるようだった。
光の都で出会った最初の謎は──
甘い香りに隠された秘密。
物語は、まだプロローグに過ぎなかった。
チョコと秘密でつかまえて 星野志保 @hoshino-
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