第17話 遠くなる日本、近づく心

家に帰ったこはるは、自室の中央に大きなスーツケースを広げた。


新品の、淡いラベンダー色。


「……よし、まず服!」


勢いよくクローゼットを開けたものの、次の瞬間固まる。


「えっ……春のパリって寒い? 暑い? どっち!?

いや、ヨーロッパっておしゃれしなきゃいけない空気あるよね!?

ダメだ、判断材料がない!!」


ひとりで大騒ぎしながら服を並べては、

「これは浮く…」「これ寒そう…」「パリっぽい…いや知らん…!」

と自問と自滅を繰り返す。


結局――


無難な黒のコート・デニム・白ニット・スニーカー

そして

なぜか可愛いワンピース1着。


「……いや、いるよね、こういう“念のため枠”。

海外ドラマだと絶対必要になるやつ」


言い訳しながらスーツケースに入れる。


最後に机の上に置いた“月の模型”が視界に入り、

こはるはそっと手に取った。


「絶対……帰ってくるからね」


その言葉は自分に向けた約束のようだった。




翌朝。

空港の国際線ロビーは、旅人たちのざわめきとアナウンスでいっぱいだった。


こはるはスーツケースを押しながらキョロキョロと周囲を見渡す。


「わぁ……すご……! もう空気が“海外”って感じする……!」


そこへ手を振りながら健太が近づいてきた。


「おーっすこはる!スーツケースでかっ!中に夢でも詰めたのか?」


「詰めたよ!?希望とか期待とか、あと着替え!」


「最後普通だな!」


その後すぐに香澄も合流する。


きっちりまとめた黒髪、シンプルなトレンチコート。

いつもより大人っぽい雰囲気だった。


「こはる、荷物重そうね。向こうで迷子になるなよ?」


「え……優しいと思ったら最後刺すやつ!!」


笑い合いながらチェックインカウンターへ向かうと――


そこに悠がいた。


黒のリュックひとつ。

シンプルなのに妙に絵になる。


「おはよう。荷物、チェックイン済ませた」


こはるは一瞬ドキッとして


「おはよっ」


健太が横で肘を入れてくる。


(やめろ~~!!!)


しかし悠がふっと微笑んだことで、こはるの脳内は完全にフリーズした。


「悠、コート似合ってるね」


悠は照れ笑いして「着慣れないから恥ずかしいよ」





搭乗まで時間があったため、全員で空港内のカフェに入った。


カフェラテ、クロワッサン。

旅の始まりを象徴するような甘い香り。


健太がテーブルを叩きながら宣言する。


「よし!海外だし、俺ら今日から国際派チームとして生きる!」


「まず言語力育ててから言え」と香澄。


「俺、フランス語ちょっと調べたぞ!

“メルシー”=ありがとうだ!」


「そこは言えるんだ……?」


笑いながら食事をしていると、アナウンスが流れる。


『パリ行き航空便、ご搭乗手続きを開始いたします――』


いよいよ。


心臓が高鳴る。


不安もある。

恐怖もある。

でも――その全部を越える期待がある。


こはるは深呼吸し、みんなを見回して言った。


「……行こっ。あの海の向こうに、答えがあるなら」


悠が頷く。


「必ず掴む。逃がさない」


健太が拳を突き上げる。


「うおーー!!パリ行って世界救ってクロワッサン食べて帰ってくるぞ!!」


香澄は小さく笑い、


「……ここから先は舞台よ。覚悟はいい?」


四人はゲートに向かって歩き出した。


その先に待つのは――

恋か、真実か、罠か、それともすべてか。


日本の空が遠ざかり、巨大な旅客機が彼らを世界へ運ぶ。


物語はついに、国境を越えて動き始めた。

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