調和と拡散

岸亜里沙

調和と拡散

あおい河は大地を縫うように流れ、あかい大地に自然の恵みをもたらした。

色とりどりの草花に彩られた平原は、邪悪さを寄せ付けない。

動物たちの絶え間ない息づかいに、そっと耳を澄ませると、圧倒的な調和の前に、僕はただ佇むだけ。

みどりの丘から見下ろす眼下の絶景に、呼吸をするのも、まばたきをするのも忘れ、景色の中に同化していく。

石像のように固まる僕の頬を、優しく撫でるように微風そよかぜが、そっとささやいた。

「キミはどこから来たの?これからどこへ行くの?」

僕は微笑み、そして答える。

「僕は未来から来たんだ。そして過去に行くんだよ」

微風そよかぜは不思議そうに僕の周りを行き来する。

「未来はどんな所?過去には、何があるの?」

目を閉じて、辿ってきた未来を、僕は思い返す。

だけど、思い出そうとしても、何も思い出せない。まっ白な闇が脳内を覆い、記憶をかすませる。

「それが分からない。何も思い出せないんだ。きっとこの時間軸の世界線と、僕が来た時間軸の世界線の相互作用によって、意識が拡散されたせいかな」

そのような理論が書かれた本を、僕は遠い未来に読んだ事があった。

「そうなんだ。ならどうして過去に行くの?」

「本当の歴史を知りたいんだよ」

「時間軸がズレると、未来は変わるって言ってたけど、じゃあ時間軸がズレたら、過去も変わっちゃうんじゃない?」

微風そよかぜつむじかぜのように渦を巻き、僕の周りを乱舞する。

「過去は変わらないよ。だって既に起こってしまった事だからね。もう変えようがないのさ」

僕が言うと微風そよかぜは、ケラケラと笑うように地面の落ち葉を鳴らす。

「本当の事、知りたい?」

微風そよかぜの問いに、僕は首をかしげる。

「君は何を知っているんだい?」

「全部さ。過去も、未来も、全部知っているよ」

「本当に?それなら、僕の過去を教えてほしい。僕が何者なのか」

「この世界には過去も未来も存在しないよ。時間という物質が圧縮されて、現在いまという瞬間を形成しているだけなんだ。だから、もしキミが過去に行ったとしても、何も見えないよ」

すると微風そよかぜは急に消え、静寂が訪れる。

僕は呆然と立ち尽くしたまま。

微風そよかぜは全てを知っていると言っていた。過去も未来も。

その途端、僕は怖くなってきた。

全てを知る勇気は僕には無い。知らなくてもいい事も存在するんだと。

琥珀色こはくいろの空が、遠い海の音を反射させて、僕にそう伝えていた。



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調和と拡散 岸亜里沙 @kishiarisa

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