=沈黙=

朝のニュースキャスターが原稿に沿って読み上げる。

「先日、カワサキ小惑星と名付けられた隕石が地球にぶつかる可能性があることがわかりました。」


「映画みたいな話ですが、日本は大丈夫なのでしょうか。」


場違いな教育評論家が口を開く。

「大地震発生率と同じくらいらしいので、そこまで気にしなくても大丈夫でしょう。」


「落ち着いて行動を、いうことですね。

さて、次のニュースですが、昨日夕方、世田谷区の路上で…。」


隕石のニュースが世界中に発表されたが、少しのあいだ話題に上がっただけだった。



自宅でテレビを観ていた川崎は、ビールをあおり、フンと笑った。


どうせ誰も何もしないし、何もできない。

眼鏡の奥から涙が溢れる。


思えば…天文学者を目指したのは、子どもの頃に父からもらった隕石のかけらがきっかけだった。


そうだ。


那美が小さい頃欲しがったんだった。

まだ、持ってくれているだろうか。


妻と那美を避難させるために、小さいが二人が入れるくらいの地下シェルターも用意した。

ほんの少し寿命が伸びる程度だろうが、それでもやはり生きていてほしい。


天文学者の自分にできることはもうない。日本に帰り、…たまにテレビの特番で呼ばれるだけの日々。


こんなふうになってようやくゆっくり家族と過ごせるような休みがもらえるとはな。

隕石様々か。


フッと笑い、川崎は部屋から狭い空を見上げた。


なにも変化のない日々がくり返される。


いつもと同じ朝


いつもと同じ顔ぶれ


ただ、人々の知れぬところで少しずつ、だが確実に世界は終わりに近づいていた。



【カワサキ小惑星】は

宇宙の広さから言えば本当に少しずつ…

人間の考える速さからは、時速およそ3万kmというとてつもないスピードで地球へ向かってゆく。




渋谷のスクランブル交差点の真ん中で、友人とふざけていた若者が空を見上げて急に足を止めた。

「なぁ、あれじゃね?例のカワサキ。」


真昼間だというのに空に小さく赤く光る異質な存在。


若者の一言にどよめきが起き、

沢山のスマホがただ一点に集中した。



特番が組まれ、動画配信者たちも面白おかしく煽った動画を次々と流してゆく。

【カワサキ】の文字があらゆるSNSのトレンド一位を飾る。


「はーいiTuberのダークネスです!

本日のテーマは【カワサキ小惑星】!

全ての元凶、天文学者川崎隆!」


「NEWSNOW!の時間です。

本日は【カワサキ小惑星】について天文学の第一人者、そして【カワサキ小惑星】の発見者である川崎隆先生をお招きしています!」




目視で確認できる【カワサキ】の存在感は日に日に増してゆき




人々は、とうとう恐怖を堪えきれなくなった。



「ちょっと押さないで!危ないわよ!」


スーパーで店員が補充をする側から無理矢理もぎ取っていく年配の男性。

中には少年が手にしていたチョコレートを奪っていく者までいた。



科学者として何もできないのであれば

せめてもう少し父親として側にいたかった…。


いや、尊い命がそこにある。

まだしてやれることがある。


川崎は車のキーを握り、自身を奮い立たせるような強い足取りで履き慣れた革靴へ向かう。

扉は鉛のように重かった。




研究者達はあらゆる可能性を視野に入れた墜落地点を計算していた。



出された結論は———


アメリカ合衆国

ワシントンD・Cを中心とした半径2千km以内



パニックになった人々は次々と逃げ出し、墜落予測地点はゴーストタウンのようになった。

その動揺は日本にも広がってゆく。



———そして大人たちの不安は子どもたちにも影を落とす。



「あーあー、川崎って天文学者がもっと早く発見してればこんなことにならなかったのにな!」

長い黒髪が綺麗なクラスメイトを睨みつけながら一人の男子が吐き捨てるように言った。

「本当そうだよな!」

「サボってたんじゃないの?」

クラスがザワザワと騒がしくなる。


バン!!!


強く机を叩く音がした。

「何?なんか文句あるなら直接言えば?

那美のお父さんが発見したからまだみんな避難する余裕があるんでしょ!

大体那美はなんにも悪くないじゃない!」

ショートカットの快活そうな女子がくってかかる。


「いいよ、薫。そんなの放っておいて。」


那美はそっと彼女の袖を掴み、静かに薫を止めた。

那美は父からもらった隕石の入った箱を強く胸に押し当てた。


薫が心配そうな表情を浮かべた。

「ねぇ、那美。渚くんに言ったの?妊娠したって。」

小声でしゃべる薫の声は少し震えている。


那美はそっとお腹に手をあてた。

「実はまだなんだよね!渚のお父さんとお母さんは仕事だけど、渚だけでもお爺ちゃんちに避難することになったんだってさ。今朝もう出発したの。」

パッと笑顔を見せ、やたらと明るい声で返事をする。


「那美…大丈夫だよ!隕石のことが落ち着いて、帰ってきたら話そう!?渚くんは那美のことがめっちゃ好きなの見ててわかるし、絶対大丈夫!」


彼女も不安なのだろう。薫の目には涙が浮かんでいる。

そんな薫の様子に気付いた那美が目を真っ赤にしながら満面の笑顔で彼女の肩を軽く叩く。


「うん。明日、私もお母さんと避難するけど薫もでしょ?…また会おうね!絶対。」



——その約束は遠い未来の彼方へと消えてゆく。



「あれ?なんかこの石…温かい。」

その石は確かに今までのようなただの小石ではなく、うっすらと光を放っているようだった。



終末の時計は、カチリ、カチリと時を刻む。



そして空の色が変わった。



その日がやってきたのである








衝突まで、あと——



5分

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