=会議室=
会議室の外
誰も座っていないデスクの上で、コーヒーが波を立てている。
無機質な部屋の中を飛び交う怒号に、ラジオから流れるカントリーミュージックはかき消されている。
川崎は小さな猫のマスコットがついたキーホルダーを優しい目で見つめ、そっとポケットにしまった。
「軌道は変えられないのか!?」
軍の司令官が叫んだ。
「あと一年だ。…研究所としての意見は核しかない。」
顔を上げて川崎は淡々と答えた。
……隕石に、何をしたって無駄だ。
発見者の川崎隆は、会議のたびに人類には足掻くことすら許されないことを何度も説明してきた。
ここでもやはりわかってもらえない。
そう思うと全てが無駄なことに感じた。
司令官が怒りまじりの声で怒鳴りつける。
「破片が地球に降り注ぐぞ!?
それでは結局無事ではすまない!」
そんなことは百も承知だ。
だが研究所としては何もしないとは言えない。
川崎はポケットの中のキーホルダーを握りしめた。
国土安全保障省の長官が笑いながら口を挟む。
「『2019OK』のように近距離を通過するだけかもしれん。なぁ、Mr.カワサキ。」
(楽観的すぎる。)
川崎は長官を一瞥した。
この行き場のない感情を噛み殺し、手元のタブレットのデータに目を落とす。
握りしめた端末が、みしみしと悲鳴をあげた。
熱くなった司令官が長官を強く睨みつけ、吐き捨てるように叫んだ。
「長官。あなたは管轄外だから知らないかもしれないが、あれはたまたま落下しなかったんだ!」
長官は自分の手元の資料を開いてもいない。
2019OKのことだって隣りにいる秘書からついさっき聞いたに違いない。
「万が一落ちたら今度こそ地球滅亡だ!
本当のアルマゲドンだ!」
長官の資料を床にはたき落としながら司令官はぶるぶると手を震わせ、目に涙を浮かべた。
誰も…空を見ていない。
映画の話だとしか思ってないんだ。
いっそ、狂ってしまえたら。
近づいてくる小惑星は
直径推定10km。
かつて恐竜たちを絶滅へと追い込んだ小惑星とほぼ同じ大きさだ。
必ず、最後の審判の日は訪れる。
本当に現実なのだろうか。
今この絶望的な状況を知っているのは我々のようなごく一部の人間のみ。
妻と娘は今、日本で何をしているだろう。
夕日が川崎の目に映り、世界を赤く染めた。
ザワザワと多くの視線が一点に向けられる。
スポークスマンが額の汗を拭いながらカメラに向かい、命名された小惑星の名を告げる。
「あー、隕石は発見者の名を取り…【カワサキ小惑星】と名付けられました。」
大量のフラッシュが彼を包んだその瞬間、世界に沈黙が届けられた。
衝突まで、あと——
315日
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