小さな部屋の世界
紅雲
第1話 小さな部屋の世界
地元にある産婦人科で、僕は生まれた。
へその緒が首に巻きついて、心拍が止まったまま。誰かの手で息を吹き込まれ、かすかな泣き声をあげた。
そのとき、僕の心臓には穴が空いた。心臓の1/3がふさがらなかったようだ。
医師たちは必死に僕を生かそうとしたけれど、まだ小さく、弱く、どうなるか分からなかった。
物心がつく前から、僕は都内の病棟で毎日を過ごしていた。
隣には同い年の子、通称まことちゃんがいて、向かいにはいつも僕たちに面白い話を教えてくれるお兄ちゃんがいた。
お兄ちゃんは、僕たちが怖がる話も平気でしてくれた。「病院ってお化けがいるんだよ」「昨日、宇宙人を見た」なんて言って、僕たちを脅かす。でも、そんな話を聞きながら、僕たちは小さな笑い声を交わして、病院という世界の中で毎日を楽しんでいた。
注射の針の痛み、点滴の管、酸素マスクの息苦しさ――すべてが日常の一部になった。僕は泣くことも、笑うことも覚えた。まことちゃんと僕は、隣同士のベッドの間を小さな足で行き来して、時々おもちゃを取り合ったりした。お兄ちゃんはいつも、そんな僕たちを遠くから見守るみたいに笑っていた。
でも、楽しさの影には、見えない恐怖があった。ある日、お兄ちゃんはもう笑わなくなった。僕は理由が分からなかったけれど、病室の空気が変わったのを感じた。看護婦さんがやお医者さんが慌てて何かをしてた。
おばちゃんは、泣いていた。
夜だったので、僕は寝てしまった。
朝になったら、ベッドなくなっていて、お兄ちゃんは僕たちの世界からいなくなった。
部屋には6人くらい子供がいた。入れ替わりが激しかった。
僕は死が何かわからなかったから、いなくなってしまう事が不思議だった。
僕はまだ小さくて、なぜ悲しいのか完全には理解できなかったけれど、心のどこかにぽっかりと穴が開いたのを感じていた。
それでも、僕は生きていた。
心臓の穴があるまま、医師や母の手で何度も命を繋ぎ止められ、呼吸をすることを覚えた。
病棟の窓から差し込む光、白いカーテンの揺れ、笑い声と泣き声の混ざる日々――それが僕の、最初の住処だった。
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