ホラー短編集

@anna0216

前を走る車

思いがけない出張の帰りで

慣れない土地の夜の山道を走っていた。

街の灯りも途絶え、頼れるのは車のヘッドライトだけ。


一車線の細い山道で、対向車が来ればどちらかが譲らなければならないような、そんな道だった。


人の気配がまるでない

真っ暗な山の中を走り続けていたら、

前方に一台の車のテールランプが見えた。

少しだけ安堵した。


「こんな山奥でも走ってる人がいるんだな」


そう思って、無意識のうちにその車の後を

ついていくような形で走っていた。


一本道。


右も左も崖と森。

引き返す場所もない。

淡々と赤いテールランプを追いながら

進んでいたが、

やがてその灯りが少しずつ近くなっていく。




前の車、スピードを落としている。



少し車間距離をとって走っていたが

やがて完全に止まってしまった。



「…どうしたんだろう。」

故障でもしたのか。



クラクションを鳴らすこともできず、

ただ様子を見ていた。


何分か経った頃だろう


その車の運転席のドアが開いた。





“何か”が降りてきた。




最初は人だと思った。



でも、ヘッドライトに照らされた

その姿を見た瞬間、言葉が出なかった。



確かに光の中にいるのに、

その“もの”は黒い影のままだった。

顔も、服も、輪郭以外は何も見えない。

まるで、光を吸い込んでいるようだった。


その黒い影は、ゆっくりと、

こちらに向かって歩いてくる。


足音はない。


けれど、近づくたびに

胸の奥で“ドン、ドン”と心臓のような音が響く。





ひとつしかない車線。逃げ場はない。



私は慌ててギアをリバースに入れて、

バックで山道を引き返した。

バックミラーの中で、


ライトに照らされた“それ”の姿が、

じわじわと近づいてくる気がして、

心臓が破裂しそうだった。


どうにか山を抜け、

最寄りのコンビニまで戻ったところで、

手が震えてハンドルを離せなくなっていた。



事情を話して、店員に警察を呼んでもらった。

警察が来てから、私はあの山道に一番近い

防犯カメラを確認してもらった。


映像には、確かに私の車が

山道に入っていく様子が映っていた。


でも

前を走っていたはずの車は、どの映像を見ても

映っていなかった。




あの夜、あの山の中で走っていたのは、

私の車だけだったのだ。


じゃあ、あの“前の車”はいったい

なんだったのか。

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