第4話:『ヒロインとの出会いは運命(という名の修正案)です』

「アルカディア魔法学園」へと向かう馬車の中、シンは子供のように目を輝かせ、窓の外を流れる景色を眺めていた。


石畳の道、レンガ造りの家々、活気あふれる人々。 まるで、前世で夢見たファンタジーRPGの世界そのものだ。


「師匠! あのパン屋さん! すごく美味しそうです!」


「う、うむ……そうじゃな……」


「あっちには服屋も! 僕、あんな服、着てみたいです! ねえ、少しだけ馬車を止めてもらえませんか?」


シンの無邪気な要求に、賢者アルパスの額に、だらだらと冷や汗が流れる。



【コントロールルーム】


「まずいです! クライアントが、よりにもよって、C地区の張りぼてに興味を示しました! あの区域だけはプロジェクションマッピングと合板でできています! 触られたら一発でバレちゃいます!」


「アルパス役! なんとしても引き止めろ!」


スタッフたちの悲鳴が飛び交う中、ディレクターである神楽は、冷静に状況を分析していた。


「……ふむ」



【馬車】


「駄目じゃ、シン! 入学式に遅れてしまう」


「大丈夫ですって! 身体強化魔法を使えば、すぐに追いつけますから!」


そう言うと、シンは馬車から飛び降りようとする。



【コントロールルーム】


「ディレクター! クライアントが強行手段に!」


「……やむを得ん」


神楽は通信機のスイッチを入れた。


「プランAは破棄。エルザ、聞こえるかい? プランB-7『運命の出会い(ただし物理)』に移行する。タイミングは任せる」


「……OK」


通信機から、トップ女優の冷静な声が返ってきた。



【市街地】


シンが馬車から飛び降りようとした、まさにその瞬間。 純白の馬に乗った少女が、猛スピードでシンの乗っていた馬車の横を駆け抜けた。


「危なっ!……わっ」


シンは叫び声と共に身を引くが、間に合わない。


ドン、という鈍い衝撃。


彼の体は漫画のように宙を舞い。


――地面に叩きつけられた。


少女は慌てふためきながら白馬から降り、シンに駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか!? ごめんなさい、まさか、馬車から飛び降りるなんて思わなく……!」


彼女がシンの腕を取ろうとして、息を呑んだ。


「み、右手がありえない角度で曲がっています! ち、治癒をします! ……女神様のご加護のもとに、清浄なる癒しの光を…」


白銀の髪をなびかせた、おっとりとした美少女は、動揺しながらも必死に治癒魔法を唱えようとする。 しかし、シンは、そんな彼女を制するように、笑いながらゆっくりと立ち上がった。


「いや、いいって。これくらいの傷、かすり傷みたいなもんだから。……よっと」


シンが、骨が曲がったままの右腕に、左手を軽くかざす。


詠唱はない。


ただ、淡い光が腕を包んだかと思うと、骨が元の位置に戻る音が鳴り響き。


一瞬にして傷が癒えてしまった。


「え……?」


少女は、信じられないものを見る目で、シンの腕と顔を交互に見つめている。 シンは、そんな彼女の反応に疑問を抱きながら言った。


「君こそ怪我はない? 馬も、驚かせちゃったみたいでごめんな」


「あ……い、いえ……。私の方こそ……。そ、そんなことより、詠唱なしで治癒を使えるのですか!」


少女は、圧倒的な実力差を見せつけられ、ただ呆然と驚いていた。 シンは、大したことがないようなふるまいを見せているが、その表情にはどこか優越感が浮かんでいた。



【コントロールルーム】


「素晴らしい! 完璧なアドリブだ、エルザ! ……いや、この脚本の役名だと、リリーナか」


神楽は、モニターに映るトップ女優の「動揺する演技」に、心からの賛辞を送った。 その隣では、セラフィムが、冷たい目で別の書類に目を通している。


「転移者のヒロイン要望書ですか。『白銀の長髪で、おっとりとして誰にでも優しい聖女のような少女を希望。朝起こしてくれて、料理や洗濯が得意で、自分に優しい存在』……これって聖女じゃなくてお母さんでは?」


「良い視点だ、セラフィム監査官。彼は母親に認められなかった記憶を、ここで理想の『聖女(ははおや)』に癒してもらおうとしている。実に分かりやすい渇望だ。さて、それでは次の仕掛けに進もうか」


神楽はコントロールルーム全体の通信を入れた。


「全部署に通達! 入学式における、クライアントの『歓迎式典』についての最終確認だ。作戦コード『カタストロフ(大災害)』。校長役は、規定通り『大聖域結界』の展開準備を。全職員は、指定された避難行動を再確認しておくように」


通信が切れる。


「カタストロフ(大災害)」 「大聖域結界」 「避難行動」


セラフィムの脳内で、「歓迎式典」とは到底結びつかない単語が反響する。そして、それらの意味する理由が繋がった時、彼女の顔から、すっと血の気が引いた。


(まさか、あの花火――)

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