無限の星図の解:偽りの計算

Tom Eny

無限の星図の解:偽りの計算

無限の星図の解:偽りの計算


第一章:新月の夜の宣告


廃墟となったドーム型プラネタリウムの地下。リクは、鉄錆と冷気が立ち込める、使われなくなった機材室を見下ろした。頭上の分厚いコンクリートの向こう、かつて人工の星々を映していたドームは、今や光の入らない巨大な蓋だ。僕らはその底で、無限のロマンが偽物であることを知っている。


そこは、彼ら中学生だけの**「究極の観測所」だ。**古い星図が貼られた壁は、地上とは隔絶された秘密の砦であり、無限のロマンを約束していた。リクの孤独な知性は、そのロマンを守るために、すべての感情を切り捨て、この冷たい計算を導き出した。


不正データは、彼が組み上げたクラウドサーバーの暗号化されたフォルダに格納されている。東都開発にとって、彼らの命は「計算外のゴミ」に過ぎない。リクは、知性で過去の無力感を打ち破ろうとしていた。


基地の壁の「新月の夜まで」の文字は、微弱なLED照明で生焼けの白い骨のように浮かび上がっていた。


「計算上、バッテリーと酸素濃度が安全を保てるのは最大で次の新月の夜まで」リクは声を絞り出す。すべての行動は、この運命的な瞬間に縛られていた。


第二章:摩擦と「資源」の否定


抵抗開始から72時間—夜明け前。アオイは水分の抜けたビスケットを確認し、口の中に広がる砂のような乾いた甘さに不安を募らせた。


リクの孤独な合理主義が爆発した。


「その非効率な感情はノイズだ!」


「ノイズじゃない!私は数字じゃなくて、あんたの顔を見てるのよ!」アオイの反発が響き、リクに塩キャラメルを突きつけた。リクは黙ってそれを受け取り、わずかに包み紙の感触を確かめた。


その時、カシワギ専務の声がスピーカーから響く。「無駄だ、リク君。君たちの命は最も高価な資源である時間を無駄にしている。さあ、合理的に考えろ」


カシワギ専務の声が止むと、基地全体を数秒間の深い沈黙が支配した。リクの唇が微かに震える。その沈黙の中で、カシワギ専務の冷酷な言葉が、地下の空気を伝い、リクの鼓膜に**「計算外のゴミ」という烙印**を押すように突き刺さる。


アオイは、その言葉を打ち破るように、震えるリクの手を握りしめた。「黙りなさい!私たちの命は、あんたたちの計算のための資源じゃない!」彼女の優しさという変数が、冷酷な論理を拒絶した。


第三章:献身と連帯のアップデート


抵抗開始から96時間—物理的な振動攻撃が始まった。ドームを支える地下のコンクリート岩盤が、まるで巨大な鐘のように深く、重く鳴り響く。振動は内臓を掴まれるような不快な揺れとして伝わった。


リクとショウはアンテナケーブルの補強に当たる。ショウの耳元で、カシワギ専務の声が鳴った。「君の献身は、間違った方向に向かっているぞ」


カシワギ専務の声音が途切れた瞬間、ショウの耳には振動音さえ遠く聞こえた。工具を持つ手が硬直する。過去の「無力な自分」と、未来への「決意」が、彼の視界の一点で激しく衝突する。


彼は唇を噛み締め、作業を続行した。


補強作業を終え、アオイが「振動の幅が 2% 減った!」と高らかに歓声をあげた。微かな希望が、基地の重い空気を一瞬吹き飛ばした。ショウは微かに口角を上げたが、彼の体力は限界に近づいていた。


最終日—新月の夜まであとわずか。酸素濃度警告ランプが、粘つくような赤い光を放ち始めた。基地の空気は、古い鉄と汗、そして底から這い上がってくる地下水の粘つくような湿気が混じった重い匂いに充満し、リクは肺が氷のように固くなるのを感じた。


ショウが倒れ込んだ。リクは立ち上がり、アオイに深く頭を下げた。


「すまない。僕の計算は、君たちの優しさという変数を無視していた。それは、僕自身の無力感から目を逸らしていただけだ」


アオイがリクの背中を叩いた手のひらは、べたつく湿気を帯びていたが、その鈍い響きには純粋な許容があった。「いいのよ、天才さん。アップデートしなさい」


リクの知性は完成した。ショウは力を振り絞って起き上がり、リクに工具を差し出した。連帯が、最後の力を生み出した。


第四章:深淵からの告発と無限の解


新月の夜。決戦まで30分。コンクリートミキサーのエンジン音は、地中を掘り進む巨大なドリルのような、絶望的な摩擦音となって、鼓膜を直接叩いた。


リクはアンテナに手を置き、パスワードを三度目で通した。ライブ配信が開始される。


「僕らの抵抗は、あなた方の不正が未来を奪うまでのタイムリミットでした!」


カシワギ専務の金切り声は、削られた金属音のように響き、大人の冷酷な仮面が割れる音を聞かせた。


リクは重機の暴走を察知し叫んだ。「脱出だ!計算より早い!このままでは、脱出口ごと埋まるぞ!」


彼らは緊急脱出口へ急ぐ。リクは解析用のノートPCを、セメントが流れ込む直前の床に静かに置いた。それは冷たい計算機ではなく、熱い友情の証明として。熱いセメントがPCのキーボードを飲み込んでいく、凄まじい音が響く。リクは、それが知性の終焉ではないことを知っていた。


「僕らの勝利の記録だ」


彼らが地上に這い出た瞬間、冷たい新月の夜の空気が、地下のセメントの生臭い熱と薄い酸素に慣れた彼らの肺に、研ぎ澄まされた刃のように鋭く、激しく流れ込んだ。


プラネタリウムの隙間から差し込む光は、報道ヘリの回転翼が掻き乱す強い閃光と、警察のパトランプの明滅する赤色に変わり、地下の闇を文字通り打ち砕いた。


遠く、警察官に取り囲まれたカシワギ専務を一瞥した後、リクは夜空に輝く無限の星図を仰いだ。そこには、リクがこれまで求め続けた、論理を超えた「答え」があった。


リクは、初めて心から笑った。それは、光に満ちた笑みだった。ショウとアオイは、互いの顔を見合わせ、夜空を見上げた。彼らの瞳には、不正を打ち砕いた強い光と、無限の可能性が灯っていた。


地下の深淵からの告発は終わった。彼らが手にした勝利は、知性と優しさが導いた、最も美しい「解」だった。この深淵から這い出たその「解」は、この世界に無限の可能性をもたらすのか。それは、まだ、彼らの計算外にある。

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