第2話 魔王亡き後の世界情勢
「ワーグの群れか!」
フルトが叫ぶと、狼よりも一回りも大きくて魔力を持つ魔物のワーグの群れが一斉に突っ込んできた!
彼の叫びに呼応したのか、奴らの牙をむき出しにした咆哮が、鼓膜を破りそうに響く。
「多分、奴らは死肉と縄張りを確保する為に魔王城跡地へ向かおうとしているな」
「お、おい! ざっと百匹くらいいないか?!」
「仕方ないな……俺が行く。お前は守りに専念しろ」
「はぁ!? 百匹相手に特攻とか正気かよ! 俺は馬と荷物守り係だぞ!」
「ふたりとも! 喧嘩してる場合じゃありません!」
フルトは俺の忠告を無視してワーグの群れへと突っ込んで魔法を使いながら剣を振り回す。
「
フルトの氷刃が唸り、十数匹のワーグが瞬時に凍り付いた。だが群れは止まらない。
「うわぁ、数が多すぎます!」
「チッ……仕方ねぇ!」
「フィンジャック、何を取り出したのですか?」
「魔物の魔力を分散させる効果を付与した煙幕弾だ」
俺は腰から円柱の弾を取り出し、紐を引き抜いた。次の瞬間、轟音と共に白煙が噴き上がる。
「グルルル……!? キャンッ!」
煙に包まれたワーグが、次々と足をもつれさせて転げ回った。
鼻を突くツンとした臭いに、俺自身も思わず顔をしかめる。
「よし、半分は退いたぞ! これが協会が開発した発明品の威力だ!」
「助かった!」
フルトが剣を振り下ろしながら短く叫ぶ。
胸を撫で下ろした瞬間――。
「……!? おい、フィンジャック!」
フルトの警告に顔を上げると、白煙を物ともせず、涎を垂らした黒い影が真っ直ぐ突っ込んできた。
「な、なんだこいつ。煙幕弾が効かねぇ!」
そいつは腐肉に苔を纏い、片目が潰れている。それでも怯むことなく、俺達を喰らおうと牙を剥いていた。
「ゾンビ……ワーグ?!」
「うぅー」
俺は噛まれない用に、助手席に忍ばせたスパイク付きのL字シールドを構える――。
「フィンジャック! 頭を下げて!」
「え?」
リリアーナが突然立ち上がり、俺は咄嗟に頭を隠す。すると、リリアーナが防御魔法を展開し、突っ込んできたワーグを弾き飛ばした。
その際に、腐肉に湿った苔が張り付いたような、鼻を刺す悪臭が風に乗る。
「どういう事ですか? 退魔道具が効かないなんて」
リリアーナの防御魔法で弾かれた際に首やら右前脚がへし折られても、目の前のゾンビワーグは動き続ける。
「そいつは寄生タイプのゾンビワーグ。こいつだけは焼き殺さんと不味い!」
「分かった。
俺がマッチでウェンブリンライフルを起動させる間に、フルトが火炎魔法を唱えてゾンビワーグを処分した。
バタバタバタ⋯⋯バタ。
ゾンビのせいなのか、首がへし折れていて鳴くことができないのか、鳴き声をあげることなくもがいて絶命した。
「ふぅ、命拾いした。おふたりとも、お疲れさん」
「フィンジャックこそ、馬を逃さずに荷物を守ってくれたな。助かる」
「ほぉ、いいね。お礼言われると嬉しいね」
俺たちは肩を下げて息を整える。魔物から荷物を守ったり、暴れる馬を大人しくしたりするのって結構大変な仕事だ。
それを分かってくれる勇者パーティーなんて、やっぱりこのふたりと交渉して良かった。
「しかし、何なんだ。あのワーグの数は。⋯⋯しかも、ゾンビまで紛れ込んでいる」
フルトはワーグの返り血を魔法で拭いながら、呟く。
「うーむ。⋯⋯序列の厳しいワーグの中にゾンビ化した個体がまぎれているなんて、あり得ない。どう思う? フルト」
「魔王の加護が消えたせいで、森の瘴気が濃くなってやがる。沼地でもないのに寄生虫がワーグに寄生するなんて、今までなかったんだが……」
「はは、魔王ってのは悪党だったが、少なくとも世界の均衡は保ってたんだな。皮肉な話だねぇ。これじゃ、どっちが悪いやら」
「はぁ。笑えねぇ冗談はやめろ」
フルトが呆れ顔でため息をつき、俺はカラ笑いで返す。
「……自然に起きたものなら、これからもっと増えるかもしれませんね」
リリアーナは、不安げに辺りを見渡す。既に夕方が沈んで戦闘が終わったはずなのに、魔物や普通の獣のうめき声や雄叫びが森の中を木霊していた。
「これだけ危険な事態となると⋯⋯。最悪、奴は禁じ手を使ってる可能性も考慮しないといけないな」
「ど、どうかしましたか? フィンジャック」
「リリアーナ嬢、フルト。これから近道を使うが、その前に契約書を書いてくれないか?」
「「契約書?」」
俺は真面目でオルディン公国跡地を出る前に準備していた書類をふたりに手渡す。
「今から使う抜け道は、本来教えちゃいけない掟だからな。だが、今は例外中の例外だ」
「抜け道とは何だ? 何故、魔王討伐の時に使わなかった?」
「フルト。抜け道は荷物管理協会管轄で、各国から信任を受けた組織だ。……もし俺が抜け道を軽々しく教えたと知れたら、協会から破門どころじゃ済まなくなる。だからこそ契約が要るのさ」
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