第二章 王国の真実

第1話 ステン考古学会からの依頼

 三日後、俺達はタングが派遣した部隊の補給、支援を受けてからオルディン公国跡地を出発した。


 目的地は荷物管理協会シルヴァンディア王国支部の秘密基地。


 この頃には、魔王戦で傷ついた俺達の防具を新品同然に修理してくれたり、ウェンブリンライフルの弾をいくつか分けてもらったりとサービスしてくれた。


「補給だけじゃなくて、前金で金貨一枚ずつ貰えるなんて、本当にタングさんたちは優しいんでしょう!」


 俺がチラッと後ろを振り返る。後部座席にいるリリアーナが子供の様に目を輝かせて、新品の金貨を眺めている。


「……にしても、金貨にあんなに目を輝かせるって、世の中そういないよなぁ」


「し、失礼ですよ! 見た目で子供扱いするのもやめてください!」


「子供扱いじゃねえよ。普通は“お姉さん”って呼ばれても違和感ない年齢なのに、嬢ちゃんはどう見ても十四、五歳にしか見えねえからさ」


「……その、女神様のお力をいただいてから、年を取るのが遅くなったんです。だから……」


 リリアーナは目線を逸らした。


「混血の長命種によくあることだ。俺も似たようなもんだしな」


 フルトが肩を組んで俺を見る。


「おいおい、フルトまで。お前、見た目二十代なのに実は六十五歳だろ? 詐欺じゃねえか」


「うるさい」


 まぁ、ふたりは悩んでいるみたいだし、突っ込むのはやめておこう。


「しかし、二十六年前か」


「はい。当時、私が”女神様に選ばれた修道女”だと認めない人たちから命を狙われた時に、タングさんに匿って貰ったんです! タングさんがいなかったら、今頃どうなっていた事か。早く、お仕事を終えて直接お礼を言いたいです!」


 後部座席にいるリリアーナは嬉しそうに当時の事を振り返る。


 ……ちょうど、その頃はステン考古学会が本格的な軍事国家として台頭した時期だな。


 馬車で馬の手綱を握りながら、二日前のタングとの会話を思い出す。



 二日前のお昼。時計塔の広間にて、通信電話越しで仕事の内容を聞いていた。その視線の隅で、考古学チームやら海兵隊やらが鉄の馬車の様な形をした古代遺物に、荷物を積んでいるのが見える。


『フィンジャックたちに依頼する仕事の内容は、シルヴァンディア支部の荷物管理協会の情報収集と交渉だ』


「情報収集と交渉? でも、それだけじゃないだろ?」


『勘がいいね、フィンジャック。出来れば、それだけで済めばそれで良い。でも、あんたのトップの考え次第だね』


 タングが含みのある言葉で返答すると、空気がピリついた。⋯⋯遠回しに、武力行使も辞さないと言っているようじゃねぇか。


『君たち勇者連合が魔王討伐する三日くらい前かな。元ローレンスパーティーの荷物管理人のマリー・イルスがうちの学会にやってきて投降してきたんだ。奴が魔王討伐後にシルヴァンディア王国を乗っ取るってね』


「俺の前任者か。⋯⋯確か、俺の調査では痴情のもつれで行方をくらませたな」


『それだけじゃないらしい』


「ほぅ」


 ローレンス絡みのスキャンダルに飽きていた俺は、身を乗り出して耳を傾ける。


『彼女とステファン副大臣を通じて、ベネリの豚足どもがローレンスの理想国家とやらの為にうちの古代兵器と遺物を持ち逃げしちまったんだ』


 次の任務の準備をしているドワーフたちの手が止まって俯いていた。


 豚足は、ドワーフに対する差別用語だ。

 他の種族と比べて手足が短い事から、コンプレックスを抱く者が多いんだっけか。それをわざわざ言うって事は相当お怒りのご様子だなぁ、これ。


『マリーの情報を頼りに、何とか裏切り者の処分をしたが、そのおかげで今のシルヴァンディア王国と協会の状況がわからなくなった』


「つまり、俺達は協会の偵察部隊として秘密基地へ向かえって事か。⋯⋯万が一、ローレンス側に乗っ取られていたら殲滅も兼ねて」


 俺の一言で、完全に沈黙した。チラッと辺りを見渡すと、既に何台かの鉄の馬車が魔王城跡へ向けて出発していた。


 残っているワタリガラスの本隊と補給部隊が、固唾をのんで俺達の会話を立って聞いていた。


『はっきり言うなよ。殲滅とはいかなくても、そのくらいはお願いしたい』


「話は分かった。俺は引き受けるが、おふたりはどうだ?」


 俺がリリアーナとフルトに顔を向けると、フルトは渋い顔をしたまま黙って頷いた。リリアーナは迷いなく「はい」と答える。その対比に、俺はどこか胸騒ぎを覚えた。


「じゃ、決まりだ。それと、今回のローレンスの一件が片付いたら、俺達三人の永住権を認めてくれないか?」


『あぁ、喜んで。⋯⋯本当は、恩人のリリアーナの為なら手放しで受け入れたいけど、ステンと他の者には示しがつかない』


 通信箱から聞こえるタングの声が、小さく悲しげなものに変わって、俺は思わず「恩人?」と呟いた。


 すると、俺の背筋に冷たいものが走った。


 まるで何かを懺悔したいかのような、後悔のような、複雜な気持ちの含んだ声色だった。


『リリアーナのおかげで、考古学研究が格段にしやすくなった。何かしらのお礼をさせて欲しい』


「はい! こちらこそ、恩返しさせてください! あの時タングさんが助けてくれたおかげで、こうして私は生きていけますから」


 リリアーナは、満面の笑みを浮かべて答える。もしも本当に女神様がいるとするなら、彼女の様な方なのだろう。


『そう言ってくれると、心が晴れるよ。私も⋯⋯責任者ステンも、貴方のおかげで生きてこれたんだ。永住権を約束する』



 こうして二日前の出来事を振り返ってみると、何かが頭の中に引っかかっていた。


「ってもうここまで来たのか」


 いつの間にか、夕方になっていた。辺りは魔王軍と人類の戦いでできた荒野を抜けて、俺達の木製の馬車は森の中を押し進む。


「なぁ、リリアーナ嬢。質問良いか?」


「はい。なんでしょう? フィンジャック」


 俺は後ろを振り向く事なく、彼女に質問する。


「考古学会の責任者のステンはどんな人物なんだ?」


「ステンさんですか」


「実は一度もんだよ。タングもステンも、リリアーナ嬢を助けたんだよな。二十六年前に」


「うーん⋯⋯その、えっとぉ」


「どうした? 聞いちゃいけない話だったか?」


「えっと、タングさんに助けられた記憶があるのですが⋯⋯。ステンさんの事、んです」


「おいおい、忘れちゃったのか?」


  チラッと彼女の方へ視線を向けるが、どうも本気で覚えてない様子だった。


「珍しいな。リリアーナさんが人を忘れる事があるなんて」


 フルトも気になって会話に入る。


「俺も気になるな。二十六年前にリリアーナさんを匿ったことが分かった。でも、あの箱はリリアーナさんもステンとタングを助けたと言ってたな」


「私も気になるのですが、いつおふたりをどんな事で助けたんだろうって」


 俺達三人はアレコレと確証の無い推理をしていたが、結局何も分からなかった。


「結局、タングに直接聞くかリリアーナ嬢が何かを思い出せば解決しそうか⋯⋯な!」


 夕日が沈む森の中、まるで森全体が震えるほどの揺れが襲い掛かる。


「お、おい! 止まれ!!」


 表情が真っ青になって暴れる馬を縄や鞭を使って宥めているが、それでも制御が聞かない!


「なにか来るぞ!」


 フルトが馬車から降りて、魔法剣を構える。

 次の瞬間、木々の奥から──耳を劈く咆哮が響いた。



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