魔法使いの弟子たち

八島えく

第1話:幼子は、魔法使いの弟子に引き取られた

 父さん、母さん、友達、よく遊びに行った駄菓子屋、学校、駅。

 自分の知りうる限りの故郷は、ある日突然、大嵐と洪水によって沈んだ。大きな雨の音と、強い雷の光が、今でも脳裏に焼き付いている。

 故郷が水に沈んだとき、俺は遠い地に連れて行ってもらっていた。父さんと母さんの友達と名乗る人が、大きくてきらきらした場所に連れて行ってくれて、見たこともないようなごちそうをたべさせてくれて、おみやげもいっぱい買ってくれていた。

 父さんが欲しいと言っていた彫刻刀、母さんが必ず買うと宣言していたろうそく台、友達が揃いを買おうと約束した靴。

 これを持って行って、「ただいま」という言葉のあとに見せたら、きっと驚いてくれるだろうと思った。

 そして、喜んでくれるだろうと思った。

 きっと、俺の欲しい笑顔を向けてくれるだろうと思った。


 なのに。

 父さんも、母さんも、友達も、じいちゃんもばあちゃんも、先生もおじさんも、みんな死んだ。

 故郷ごと、水の底へ沈んで、二度と浮かんでこない。


   *


「仙夜(センヤ)くんのご両親がねえ……」

「村ごと沈んだんだって? かわいそうに……」

「両親だけじゃない、あの村にいた者たちは全員……」

 おとなたちの声が聞こえる。

 今は葬式の最中で、畳を敷き詰めた広い部屋に、自分はいる。白いシャツに黒い服を着せられ、部屋のすみっこにぼうっと立っている。

 故郷を失い、両親をも奪われた。今の彼……仙夜には、後ろ盾もなければ一人で生きてゆくための力もない。

 線香と白い花の匂いに満ちたこの室内には、葬式に参加している大人たちが全員そろっていた。洋服だったり着物だったり、形はまちまちだが、その服は全員黒い。真っ黒な人たちだ。

 その部屋の前方には、木でできた棺を一つ置き、その上に無数の遺影が並べられている。村と共に命を落とした人たちの、生前もっとも輝いていたころの写真だ。その中には、仙夜の両親も、友達もいた。

 棺のなかに、死体はない。空っぽだ。水に沈んだ人々は、引き上げられてはいないのだ。

 皆、ひそひそと仙夜の両親のことを話している。幼い彼には細かいことまでわからなかったが、少なくとも良いことを言っているわけではないのだけはわかる。

「なんでも、睡天(スイテン)門下の師範の要求を断ったんでしょう?」

「ばかな魔法使いだ。あそこに逆らったらどうなるかわかったもんじゃないのに」

「そもそも魔法だなんだって……良い年した夫婦そろって、わけのわからないことを」

「自分たちの行いで、村が一つ沈んだんだから迷惑どころじゃないわ」

「それに……」

 仙夜は、ふと目をあげた。大人たちの視線が、自分に注がれていることに気づく。そのまますぐに背けた。哀れみと好奇と、軽蔑を混ぜ合わせた視線に、背中がぞわぞわした。自分は、この場に歓迎されていない。

「どうするの、あの子……。村で唯一の生き残りなんでしょ?」

「誰かが引き取るってのか? うちは勘弁してくれ、今月も売り上げが厳しいんだ」

「そうだ、おまえはどうだ? 昔っから仙夜のことはかわいがっていたじゃないか」

「ばかいわないで、それとこれとは話が別よ。うちだって家計苦しいのよ」

「だが、あの二人は仙夜の名義に莫大な財産を残しているって……」

 財産、という言葉に、大人たちの息をのむ声が仙夜の耳に入った。

「ねえ……ここは、うちに任せてもらえない? 余裕はないけど、何とか切り詰めれば子供一人増えたって何とかなるし」

「何勝手なことを言っているんだ。うちだったら部屋が余ってる。稼ぎもあるから、仙夜がきたって」

「そんなこと言って、わかってるんだからね。あんたんとこ、寝たきりのおじいちゃんがいるじゃない。その介護をさせる気でしょう」

「おまえこそ、旦那に隠れて店の金でお高い宝石を買ってんだろ。うまく隠してるんだろうが、みんなわかってんだからな」

 仙夜は、一歩後ずさった。大人たちの不気味な視線から逃げるように、距離を置こうとする。線香の匂いが、鼻につく。視線を畳の上に落としていたから、自分に近づく一人に気がつかなかった。

「!」

 仙夜の体が、急に浮遊感に覆われる。細い腕が、自分を抱き上げていた。その抱き上げた誰かは、少なくとも仙夜に見覚えはない。

 そのひとは、凜とした声で、高らかに、大人たちに告げた。


「この子は私が引き取ります」


   *


 仙夜に、見覚えはない顔だ。年は二十そこそこの若い青年だった。細い頬と黒い目と幼い顔立ちは、一瞬女のひとなのかと思うほどだ。夜明けを思わせる色のボブカットは、間近で見るとさらさらしていてとてもきれいだ。

 異質だったのは、くすんだ青灰色のローブをまとっていたことだ。裏面は淡い黄緑色で目立つし、黄金色の留め具はいっそ場違いなほどに輝いている。葬式には黒い服と決まっているのに、このひとの姿は変だ。

「な、……なんだ、おまえ」

 ざわざわと、大人たちの視線が、彼に注がれる。

「水に沈んだ村の遺体回収に派遣された魔法使いです。ご遺体は近くの病院へ搬送いたしました。そのご連絡も兼ね、こちらへ伺った次第です」

 魔法使いと名乗る青年は、毅然と答えてゆく。高くもなければ低くもない声は、このひとの性別を一瞬迷子にさせる。

「葬儀の席でこのような格好であること、ご容赦を。喪服の用意を失念しておりました」

「いや、それより……いきなり何だ、きみは! きみは仙夜の何なんだ」

「ちょうど、我が門下も人手を欲しておりまして。聞けばこの子は身寄りがないということでしたので、ちょうど良いと思いました」

「働かせるのか! その子はまだ子供じゃないか!」

「そうよ! 魔法使いなんて、信用ならないわ! あやしい魔法を使って、手悪さしてるんでしょう!」

 仙夜の頭の中は、混乱を極めた。仙夜を厄介者扱いしたと思ったら、急に身柄を欲したり、今は仙夜を抱き上げている青年に、いわれのない言葉をぶつけている。

「もちろん、子供のうちは労働させません。ただし、この子は私が引き取ります。それは譲りません」

「どこの馬の骨ともわからない奴に……!」

「申し遅れました。私は三峰(ミツミネ)門下の者です」

 しん、と。室内が静まりかえった。三峰と青年が言うと、だれも言い返さなくなった。そんなに、偉い家なのだろうか。

「この子のご両親の残された遺産は放棄します。あなた方でご自由に分配してください」

「え……」

「私の仕事は終わりました。……お焼香だけお許し頂き、私は失礼いたします」

 青年は仙夜を抱いたまま、焼香をすませて本当にその場を後にした。


「……何なんだよ、なんでおれをつれてくの!」

 仙夜は声をあらげながら、魔法使いに言い放つ。ようやくおろしてもらったかと思いきや、手をしっかりつながれていて逃げることもできない。

 葬式場を後にして三十分ほど経過した。その間仙夜は魔法使いの青年に手をつながされ、村の最寄り駅まで歩かされた。

「言葉のままの意味だ。おまえは私が面倒見てやる」

「離せよっ! 父さんと母さんのところに帰る!」

「やめておけ。あの場におまえの安心できる場所はない」

 魔法使いと自称した青年は、淡々と答える。

「あの場にいた大人たちの誰一人として、おまえを大切に扱う者はいない。彼らが欲しているのはおまえの幸福ではなく、おまえの背後にある莫大な財産だ」

「そ……んなこと……」

「ないと言い切れるか? 彼らが急におまえにおもねり出したのは、おまえに遺産が残されていると知ったからだ。おまえに媚びへつらうことでおまえの心を支配し、ひとたび遺産を手に入れたらおまえを捨てるぞ」

「う……」

 仙夜は黙った。ぐっと言葉を飲み込む。知らない魔法使いの言葉は、不思議と胸にすんなり入ってくる。葬式会場にいた大人たちは、だれひとりとして仙夜をみてはいなかった。あいつらは、仙夜の後ろにある莫大な財産に目を向けていたのだ。

 魔法使いの青年は、膝を折り、仙夜に目線を合わせた。

「大きな財産は、時として大きな足かせになる。子供に扱えるようなかわいい額ではないぞ。捨てておけ。彼らの好きにさせておけばいい。だが、おまえを守ってくれる人は、もういないんだ。お父さんもお母さんもいない。学校の先生もいないし、近所のおじさんやおばさんのもとへ逃げることだってできない。何の後ろ盾もない状態で、おまえ、ひとりであの場に立っていられるか?」

 光の宿っていない目が、仙夜をまっすぐ見据える。大人たちが誰一人としてみようとしなかった仙夜の目を、射抜く。

 仙夜はぐっと唇を引き結んだ。この得体のしれない魔法使いに連れて行かれて、不安がないわけない。できることなら、両親や友達の永久に眠る顔に最後の別れをしたかった。

 でも、あの場所に戻りたいかと聞かれたら、絶対にいやだと答える。喪服のズボンをぎゅっと掴んで、やり場のない感情をぶつけたくて、つながれた手を強く握った。でも、魔法使いにはあんまり効果がなかった。

「安心しろ。我が門下、三峰は面倒見が良いことで有名だ。美味い食事も温かい寝床も、ちゃんとした教育もそろっている」

「……」

「おまえを一生、門下にとどめるつもりはない。おまえを心から大切にしてくれる里親も探してやる。おまえの面倒をみてくれる誰かが見つかるまで、私がおまえを守ってやる」

「……なんで」

「それは、何に対しての『なんで』だ?」

「なんで、そんな勝手なこというの」

 魔法使いが、ふわりと口端をあげた。笑った顔を、初めてみた。

「……急に、おまえくらいの、ちょうど跳ねっ返りの年頃の子供を育ててみたくなったんだ。特に意味はない」

「よくわかんない」

「わかんなくていいよ。おまえは、そこまでわかろうとしなくていい」

 仙夜のぼさぼさした黒髪を、魔法使いの細い手がなでた。父のような大きな手ではない、もろい手だったけれど、なぜか胸がほっとする。

 魔法使いがよいしょ、と立ち上がる。

「さあ、電車にのるよ。乗り継ぎがたくさんあるから、つく頃には夜になる」

 青年の手は、やわらかい。切符を買って一両編成の電車に乗って、がたごと揺られた。終点につくまでに仙夜はうとうとしていたが、魔法使いが膝を枕がわりにと貸してくれた。

 電車を乗り継ぎ、バスにのり、バスを降りてまた歩き。魔法使いの言うとおり、とっぷりと夜が更けていた。

「ああ、そうだ。おまえ、名前は?」

 バス停から目的地へ歩いているとき、青年は唐突に聞いた。

「おれ? 仙夜」

「センヤ……。では、おまえのことはセンと呼ぼう」

「セン……?」

「あの村にいた時の名前は、心の中で大切に持っていな。ここではセンと名乗るように」

「なんで……」

「理由はない。わかったね、セン?」

 センと言い渡された子供は、納得いかないながらも頷いた。

「ねえ、じゃあ、あんたの名前は?」

「三峰流(ミツミネナガレ)。……ほら、セン。もうすぐ家に着くよ」

 流と名乗った魔法使いの弟子は、センの手を引いて歩く。


   *


 父さんと母さんは、水の底に沈んだ。

 一人になった俺に与えられたのは、雨音にたいする恐怖と、大人たちの難しい話と。

 三峰流という、魔法使いの弟子だった。

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2026年1月3日 21:00
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魔法使いの弟子たち 八島えく @eclair_8shima

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