個人的な話になってしまいますが……。僕は今までいじめられたり、暴力沙汰に巻き込まれたりした経験はありません。代わりに、「自分はこれでいいのか?」「こんな微力な自分が頑張っても、どうにもならないのでは?」ということを考える癖がありました。現在進行形の事案です。
何故僕がこんなことを書いたのか。それは、この作品の主人公が得ていく『人間らしさ』、そしてその『自己性の欠落』というものに、大変大きな関心を抱いたからです。
他人の目を気にして、望みもなく生きてきた主人公というものが、どこか自分に近いのでは? などと思います(いや、僕は生身の人間なので、十分望みはありますけれども)。
僕はSF映画が大好きですが、たとえば『ブレードランナー』だったり『ターミネーター2』だったり、という作品が想起され、大変心に染み入る作品でした。
神によってつくられた「彼」は、黒服を着た状態で地上に横たえられていた。
すぐに周囲の世界を知覚し、一つ一つを認識していく。
やがて「行うべきこと」を行うために歩き出し、町へとたどり着いた。
そこで困っている人間を手助けした「彼」は、善い行いを判断するに至り、その後は善行を目的として生きるようになる。
しかし、喋ることも痛みを訴えることもないために、町の人々からは敬遠されるようになり……。
旧約聖書、あるいは神話を読んでいるような不思議な感覚にとらわれました!
ものすごい重厚な世界観でありますが、人々の会話や「彼」の行動は明快に描かれており、とても読みやすいです。
心動かされる結末もお見事でした!
また、この物語には『人は何をもって「人」と言えるのか?』という、深いテーマがあるように感じます。
本作を通して、人間とはなんぞやと悩んでみる……そんな得難い読書体験を是非!
乾いた土の上に、ぽつんと放られたように“生まれた”彼。
人間のかたちはしていますが、喜怒哀楽を知りません。声の出し方も知りません。
世にある善行を増やす――それが彼の役目のようです。
なんという大役でしょう。
ふつうの人なら荷が重いと感じるかもしれませんが、彼はなんとも思っていません。
善い行いをすべく、彼は人のいるところへ。
課せられた任務を淡々と遂行する彼。
その場その場で状況を判断する様子はさながら電子頭脳のようでもありますが、外見も中身も、彼は“人間の男性”なのです。
けがをすれば血が出るし、食事もとります。
人のために働き、戦い、出会いもあって家庭まで持ちました。
それでもなお、彼に欠けているもの――神様は想定内だったのか、それとも想定外だったのか。
彼の“人生”に読者は何を思うでしょうか。
神は、彼に健全な体と、健全な魂を与えて世に送り出した。
まずはここでいう、「神」の概念から考える必要がある。
神とはなんであるか?
我々の知る創造主、神のことか、
はたまた、作家自身を投影した存在であるのか、
もしくは……この世界は仮想現実で、キャラメイクをしてメタバースさせたのが神であるのか。
ともかく、神は彼を作り、彼は世界を降り立った。
そこで彼は、人々の生活を見、仕事を手伝い、魔物を討伐し、
やがて家庭を持つようになる。
彼の様を見て、思い出した物語がある。
それは、十数年以上前に読んだ、丸山健二の『争いの樹の下で』という物語だ。
木の枝に縄を吊り、首を括った女から生まれた少年の物語である。
一方で神が造った彼は意志を持つが、言葉を発さない。
そして名も持たない。
それがむしろ、我々の感情がシンクロしやすいように描かれている。
内容は淡々としているが、その一つ一つが実に哲学的で、不思議な読後感である。
さて、彼は、なんであったのか……。余韻に浸りなら考えるのもまた、楽しい。
ご一読を。