イチガララカの花婿探し

花雲ユラ

第1話 旅立ち

ララカは集落を代表する一族の末裔の女子だった。その集落は武闘集落。男たちが年に一度集まって力の競い合いをする。


それの順位により集落でのあらゆる過ごしやすさが決まる訳なので、男たちは日々鍛錬を欠かさない。


そんな中、3年連続で首席を叩き出したのがイチガ。


まだ少年ともつかない彼がどうして首席を取れたのか、村の男たちに聞いて回ってもむっつりと口を噤むばかりで、女のララカには教えてくれない。


「力だけ、じゃないんだよ。裏工作とか心理戦とか。そういうのも関係あるからな」


ララカの質問攻撃に耐えかねてふと口を開いた父が教えてくれた。


競い合いは男だけで行われ、競い合いの最中は女達は一纏めに集会所に集められて、その様子を見ることが出来ない。


この戦いでララカの婿候補が決まるかもしれないというのに、何とも理不尽ではないか、と詰め寄ったが仕組みは未だ変わらず。



今年もイチガが首席を収めてしまったため、長老会の全員一致でイチガとララカで出かける「婿探しの旅」が決まってしまった。


 これはララカが旅先で見初めた男をイチガと戦わせ、その男がイチガを倒せれば婿候補として村に迎え入れる、というしきたりだった。



だが大抵の長の娘は旅に出ることなく、大人しく首席と結婚する。


その方が危険な目に遭わずに済むし、気心知れた相手なので子供が生まれた際にもお互いに協力がしやすい――のだが、ララカは小さい頃から見知った相手と結婚する、まして自分が選んだわけではない、ということが気に食わなかった。


「と言うことで。しきたり通り旅に出ますね!!」


と父に告げると、支度してあった大きな鞄を担ぐララカ。


それを見ていたイチガは淡々と村中に挨拶し始めた。オヤジ連中がララカにヤジを飛ばす。



「どーせ『見つかりませんでしたぁ』とか言って帰ってくんだろ」


「絶対、イチガより強いやつなんて見つかんねぇよ!!」


「路銀が尽きたあたりで、二人に愛が芽生えるだろ? そう決まってんだよ」


しかし、彼らを無視してララカは声高々に宣言した。


「私はァ! 手の届く、用意された男になんて興味無いの! 私の事が好き! 私も彼が好き! そんな恋をして、結ばれたいの!」


話を隣で聞いていた、マイラおばさんがおずおずと声を上げた。


「ねぇ? その言い方だと、イチガくんはララカちゃんの事、好きじゃないって事にならないかい?」


3年連続で首席。


これが婿候補の最低条件である。生半可な覚悟では出来ないこの試練。


イチガは毎年、身体に大きな傷を増やしながら勝ち抜いてきた。

そしてやっと得た権利。


それなのに、ララカの同意が取れない。なんと非情な…とオバサン連中は泣きそうな気持ちでイチガを眺めていた。


「イエ、マイカおばさん。自分は競い合いの場で、負けたくなかった…それだけなんです。負けず嫌いを貫いたらこうなってただけなので。お気になさらず」


 傍に控えていたイチガがスルッと答える。


「ほぉーーーら、イチガだってこう言ってるし? だったら私は私で、最高のイケメンをゲットするわ!!」



***



「お前みたいなジャジャ馬にイケメンが振り返るかよ!」


「イチガでも勿体無いのに、イチガを倒せるようなイケメンなんて引く手数多で、ララカなんて見やしねぇよ!」


「いーーーから! 黙って、イチガの子供、産んどけって!!」


 またもや勢いを盛り返した、オヤジ連中。その勢いを無視し、ララカは村を後にした。


「ぜっっったい、最高の婿を連れて帰るんだから!!」


イチガは何も言わず、ただその背中を追う。


 彼が寡黙なのは生まれつきだった。言葉を話すより先に、拳を握ることを覚えた少年。村では「話せない子なのか」と心配されたが、五つを迎える直前、ララカが低い崖から落ちたとき――


 彼は初めて言葉を発した。


「ララカが、落ちた」


だが、その声よりもララカの無事の方が大騒ぎになり、彼の初めての発話は誰にも覚えられなかった。生まれてこの方、見せ場はいつもララカに譲ってきた。



***



「渓谷を越えた町は、景色が綺麗だとイルガおじさんが言ってた。先ずは、そこを目指そう」


イチガの叔父に当たるイルガは出稼ぎの守り人として各地を渡り歩いていた。ララカ達の集落はほぼその出稼ぎ達の収入により成り立っている。


着ている衣服、調理道具や寝具などの日用品、建築材まで殆ど出稼ぎ者が旅先で買ったものを節約して使うか、出稼ぎ者が持ち帰った路銀を旅の行商人から買う。


女たちが野菜を、男たちが肉や魚を狩って自給自足はしていたが、やはり一番大きな収入源は守り人だった。


なぜこんなに強い男が多い集落なのか、ララカは理由を知らなかった。神からの血筋とか、特別な土地だとか、酔っぱらったオヤジ連中から聞いたことはあるが…本当かは定かではない。


それでも、何世代も前から続く守り人稼業は一国を動かすほどの軍事力がある。今では隣の大国がこの村を奪い、守り人を一纏めにさせて、軍隊を作ろうとしている、という、噂を聞いたことがあった。


(ぜぇっったい、そんな事させないンだから)



***



 黒術を国の栄えとする隣国は、何かにつけて如何わしい噂が絶えない。ララカの集落はその脅威への抑止力の一つだった。


(血筋でも土地の力でも何でも良いから、守ってみせる)


 何世代も続いてきた英雄が集結する、集落の末裔。その集落には言い伝えがある。


(花婿を外から迎える村長の娘は、絶大な力を得る――)


 戦闘部族である彼らにとって、女性は補助員。いつも蔑ろにされてきたララカにとって、これほど魅力的な言い伝えは無かった。


(目にもの、言わせてやるんだから! イチガにだって負けない力、手に入れてやるんだわ!!)


そう心で呟いたララカは、荒い空気の中でより強く踏み出した。



***



その言い伝えを知ってか知らずか、イチガは婿候補になってもララカへの態度は変わらなかった。周りは、旅に出る前に求婚しろ、とせっついたが、聞く耳を持とうとしない。


諦めきっているように見えたのが余程不憫だったのか、マリナおばさんが前日準備をするイチガに旅のお守りを差し出しながら呟いた。


「まぁさ? どうしても帰りたくなったら、子供作っちゃえば良いから! 近場で作っちゃいなさい」


手も握ったこともなさそうな男女にいうには何とも不謹慎ではあるが、道中でどちらかが帰らぬ人になっては元も子もない。


そう。

大事なのはこの集落の跡取りなのだ。

ララカにはなるべく沢山、強くて元気な子供を作ってほしい。それが女の幸せだと信じて疑わないマリナおばさんは、イチガにこうけしかけたのだった。


しかし、言われたイチガはキョトン、としていた。


「こ、子供?」


「そーーー! いや、恥ずかしいだろうけどさあ。新婚旅行だと思って! 長老会議を通過してるアンタなら誰も文句言わないから!」


「え? でも、夫婦の、契りは」


完全男女分業制のこの集落。


性教育は女性にだけ施される。子どもの作り方は勿論、男女別の体の仕組みや、どう触れ合えば心地よいか――そうした知識は年配女性から娘たちへと伝えられていく。


一方の息子たちは、ひたすら武術と兵法に明け暮れるのみ。イチガもその例に漏れなかった。


とはいえ、そろそろ夫婦の関係が見えてくる年齢。


何処かで下衆なオヤジがイチガに吹き込んでいるだろう、とマリナおばさんは子作りの提案をしたのである。


しかし子どもとは、夫婦の契りを結んで、一緒に暮らし始めると、女の腹に勝手に宿るものだと信じ込んでいたイチガ。


「夫婦でも無いのに、出来るわけ無いでしょう」


そう、淡々と言い残して、去っていく。


マリナおばさんは「身持ちが固いのねぇ」と感心していたが、それ以前に知識が無いという問題であった。




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