2:小さな灯火【1話のみ】

夜。人の気配が消えて久しい屋敷の広間。

 天井から垂れたシャンデリアは壊れ、壁の絵は色を失っている。

 その真ん中で、ひとつだけ錆びつかずに残った燭台があった。

 かつて晩餐を照らしていた金の腕は冷えきり、

 火が灯ることもなく、ただ月明かりを受けて微かに光っていた。


 それは、燭台の呼吸だった。

 風が吹き、割れた窓から冷たい夜気が流れ込む。

 埃が舞い、カーテンがかすかに揺れる。

 そのとき、燭台の芯に残った蝋がほのかに香った。

 そして――ふわり、と浮いた。


 まるで風に拾われた光の欠片のように、

 燭台は空中を漂いながら廃墟を抜けた。

 屋根を越え、庭を越え、夜空の下へ。

 遠くに、街の明かりが滲んで見える。

 それを見つめながら、燭台は思う。

 ――あの光のそばで、もう一度、灯れたなら。


 しかし街灯のもとにたどり着くと、

 そこには新しい灯りが整然と並んでいた。

 誰も古びた金の燭台など求めていない。

 風が、冷たく背を押した。

 それでも、漂ううちに小さな窓辺の光が見えた。


 そこでは、人の子が机に向かい、

 小さなキャンドルを灯していた。

 その光は弱々しくも温かく、

 燭台の心の奥でなにかが震えた。

 ――そこに、私がいられたら。

 その声は風に溶けて消えた。


 ほんの一瞬、風が止み、

 燭台は静かに地面へ降り立った。

 月の光が金属の腕を撫で、

 自らの影が地面に映る。

 そのとき気づいた。

 私はまだ、灯したいのだ。


 やがて風が再び吹く。

 燭台はそっと舞い上がり、夜空のなかに溶けていった。

 灯す相手はいない。

 けれど、その胸の奥にわずかな温もりが残っていた。

 それこそが、今夜いちばん小さく、

 そして確かな灯だった。

----------------------------------------------------

付喪神

大アルカナ3枚

月(正位置)

恋人(逆位置)

塔(正位置)

小アルカナ1枚

ソードの2(逆位置)


日常

節制(正位置)

事件

世界(逆位置)

行動

隠者(正位置)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る