二話 最強を超える人間

「………なんで………スプリーム……ウルフが……!?」

 メールは受け入れ難い現実にガクリと膝から崩れ落ち、全長が4m程ある恐怖に罵られた顔をしている。

 スプリームウルフはメールの事をそこら辺の石ころかの様に見向きもせず、その大きな身体を動かしづらそうに身動ぎをした後、後ろを振り返った。振り返った後ろにいる頭から血が流れて、戦意喪失の状態となっているレオールに気がつくと此方に向き直った。

 スプリームウルフは唸る様な低い声で人間の言語を話し始めた。

「あの風圧によく耐えたものだ」

 如何やら僕に声を掛けているらしい。と言うかなんなら今まともに意識あるの僕とメールだけだからな。

「お前もよくあんな小技を掛けたもんだ。というかメールも意識あるぞ」

 先程の風圧には素人では把握できない小さな仕掛けがあった。アイツは床を破壊する際に魔力を多く含ませた風も放っていた。魔力は無色透明なので肉眼では確認できない。そして魔力に気が付かず爆風を直に浴びると、急性の魔力中毒となり意識が飛ぶ。その事を瞬時に把握した僕は護衛魔法ディフェンスを立てた。なので魔力中毒になるのは防げたが、先程の風圧は単純に異常だった。なので僕は自分で立てた防御が自分と衝突し、吹き飛ばされてしまったである

 メールの話をするとスプリームウルフはふふっと笑った。

「お前が助けたのだろ?」

 俺は苦い笑みを浮かべた。

「流石にバレるか」

 僕は腰に手を置き御名答と溜息を吐いた。

「当たり前だ」

 スプリームウルフは口角を上げた。その瞬間、壁から触手の様なモヤが高速で僕に攻撃をし始めた。

「おっと」

 僕は後ろにジャンプで退きながら時間を作り、転送魔法で再度槍を取り出した。

「おぉ。槍使いランサーか」

 スプリームウルフは興味深そうに言った。

槍使いスピアラーと言って欲しいな!」

 今度は一気に5本の触手状のモヤが飛んで来た。僕は槍を旋回させてそのモヤの攻撃を防ぐ。僕は靄がかかっているのにしっかりと手応えがあるそのモヤの仕組みに少し興味を持った。

「気を抜かすな!!」

 その隙にスプリームウルフは更に一本、触手を発動させ攻撃を仕掛けて来た。僕はその攻撃を横目にもう片方の手を大きく振った。

 すると、その触手のモヤは綺麗な切断面を境に真っ二つになり、地面に落ちた切れ端はチリとなって消えた。いや、大気中に舞って行ったと言った方がいいだろうか。

「っ!?」

 スプリームウルフは大きく驚きの表情を露わにした。

「槍もいいけど、やっぱ短剣は便利だわ」

 そう。触手が飛び掛かってくる直前に、僕は左手に短剣を転送魔法で瞬時に装備したのだ。この短剣の取手は赤い鉱石の様な輝きと透明度を持つ『クリスタルキラーホースの骨』を使い、刃は『アイアンゴーレムの心臓』と『キングドラゴンの牙』を錬成させた物を使った僕の愛用品だ。因みにだが、クリスタルキラーホースの骨は見た目の割に軽い。キラーホース系の種族は素早い攻撃に特化しており、切り裂くなどと言った攻撃が多いのだが、それを支える様に骨は丈夫で且つ軽い。そして、キングドラゴンの牙は他の物との錬成に優れており、Sランクパーティー界隈では結構重宝されている。しかし、キングドラゴンはS級の中でも上位に達する実力の持ち主なので、需要に対する供給は非常に少ない。

「お前は何者だ……?槍使いで剣を使える者を見た事がない」

 そう聞いてくるスプリームウルフに僕はニヤッと口角を上げて答えた。

「親が少し優秀でね」

「そうか。それは面白い」

 両者共に笑い合っていると言う何とも気味の悪い絵面だが、それだけお互いに余裕があると言う話でもある。

「再スタートだ」

「狼もカタカナ分かるんだな」

 僕は冗談じみた台詞を吐くと、スプリームウルフは笑顔を維持し返事をした。

「そのくらいの知識は当たり前だ」

「狼はやはり賢いと言うわけね」

 僕は短剣を戻し、市販の槍に魔力を込める。それと同時にスプリームウルフは全身から魔力を放出させた。

「此処からは本気だ」

 そう言った瞬間、洞窟の中はただでさえ暗いダンジョン内を更に暗くした。少しながら視界に苦労を感じるが、お互いが本気で勝負するのだ。

「了解」

 それだけ呟いて僕は飛び跳ね、スプリームウルフに近づいた。スプリームウルフはその間に大量の炎の玉を出現させ、僕に目掛けて飛ばす。

 僕はその火の玉を避けながら間合いを詰めていく。すると、今度は触手も大量に出現し、襲って来た。

「この量を出せる魔力は流石だな」

 僕は冷静な分析をした後、最後の言葉を伝える様に言った。

「後は命中させれば完璧だ」

「っ!?」

 一瞬にして、スプリームウルフの目の前にまで近づいた僕に驚きを見せた。しかし直ぐに緩やかな笑顔になり、優しく僕に問いた。

「お前は何故そこまで強くなれた?」

 僕はニッと笑顔になり答えた。

「分からん」

 僕は魔力の籠った槍を片手で振るい魔力をスプリームウルフに目掛けて飛ばした。その飛ばした魔力の塊はスプリームウルフ全身に命中し傷口から血飛沫が舞った。スプリームウルフは気絶しそのまま大きな身体を横に倒した。

 僕はその倒れたスプリームウルフからメンバーに目を移した。全く気が付かなかったが、レオールやヨルン、フロールは未だに気絶をしており、メールは何が起きてるのか分からないと濃い困惑の色を見せていた。

「あぁ……まぁ、倒したぞ?」

 僕はT級というこの世界では人間と対峙してはならないとまで言われているレベルのモンスターを倒したのだから嘸歓喜に満ちる様なものだが重症者3名、現実が分かってない人1名で歓喜どころでは無い。

 僕は溜息を吐いた後、メールに向かって言った。

「ソイツらの治療をしてくれないか?レオールはそこそこ怪我が深いから入念に治療をして欲しい」

 メールは僕の言葉は読み取れた様で「はい!」と慌てて治療に向かった。

「さて、どうするかね」

 僕は倒れているスプリームウルフをもう一度見る。未だ血が流れているのを見る限り生死を彷徨っている様な状況なのだろう。

 僕はスプリームウルフの元により、眠っている様な顔を眺める。狼の凛々しさが際立っているその顔には何処となく愛嬌も感じる。僕は左手をスプリームウルフの腹の近くに持って行き、「治癒魔法トリートメント回復ヒール』」と呟きながら魔法を掛ける。昔からあるのだが、詠唱をすると効果が大きくなるとか言う奴はこの世界に於いては全く関係がない。と言うか態々口にしないと強くならないとはどう言う事なのかもこの世の摂理を見ていると分かる。

 傷口が完全に塞がり身体も完全に戻ったので治癒魔法を辞めると、スプリームウルフは寝心地の悪い布団で寝た様な態度で体を起こした。

「何故……?私は生きている……?」

「おぉ、凄いな。傷治ししかしてないのにもう御目覚めだとはな」

 僕は驚いたと笑うと実質的に復活したT級のスプリームウルフは困惑を見せた。意外と狼は感情が豊かの様だ。いや、もう狼の領域を超えてるからかな?

「……お前か。私に回復魔法を掛けたのは」

「あぁ。なんか可哀想でな」

「お前に言われると皮肉にしか聞こえないな」

「酷いなぁ。慈悲しか無い男の子だよ?」

 僕が少しながら冗談を交えて言うと、スプリームウルフはふざけるなとばかりに僕を睨みつけた。

「誰が慈悲だ。バケモノを宿ったみたいな面をしていた癖に」

 僕はあははと笑った。

 その時、僕の頭の中で疑問が生まれた。

「あ、そう言えばなんだけどさ。この後どうするんだ?」

 その質問にスプリームウルフは首を傾げた。

「どうする……とは?」

「そのままの意味だよ」

 聞き返すスプリームウルフに僕は言葉を続ける。

「ここに居ても殆ど人なんて来ないぞ?だからどうするんだろうなって」

 そう答えると、スプリームウルフは少し不機嫌そうな表情で目を逸らした。

「私が此処から出る事はない」

「なんでだ?」

 僕が聞くと表情を変えることなく答えた。

「私はこの力を外では制御が出来ない。お前も分かるだろう、此処の魔素濃度が」

「ほう……そう言うことね」

 僕は掌で小さな紅い炎を生み出した。その小さな炎は何処か弱々しい。魔素の濃度が高いというのが良く分かる。

 何故分かるのかというと、掌で燃えている炎は僕の体内にある魔力によって燃え続ける事が出来ている。魔力というのはこの大気圏にある魔素を僕ら人間が体内で分解した物で、その分解によって魔素と魔力は別の性質の物質である。少しニュアンスが変わるが体内で何かしらの方法で取り入れられたアンモニアを肝臓が分解して尿素にする様な感じだ。そしてこのダンジョンでは魔力とは別の魔素が大気中に多く含まれている為、炎は酸素があまり貰えない様な感覚になっているのだ。

 そして、魔素はモンスターにとって好都合な点がある。それは魔力の多量消費を抑えられるという事だ。モンスターは基本的に知能は人間よりも低いので魔力の感覚と言うのが理解出来ない。なので一部のモンスターは魔力を馬鹿みたいに放出してしまう。それを防ぐ為にダンジョンに篭り、魔力の消費の抑制が出来る。それに加えて、無差別に襲い掛かってくる人間にも影響は出るのでモンスターにとってはダンジョンエリアは好都合なのである。

「じゃあ、軽く稽古でもするか」

「稽古?」

 僕がスプリームウルフに提案をすると綺麗な鸚鵡返しをされた。

「そう。ここで魔法の使い方を完璧にしておけば外出ても苦労は無いだろ?」

「………しかし、お前はそれで良いのか?」

「パーティーの事か?」

「そうだ」

 僕は手をパタパタと横に振った。

「いいよ別に。よく席外すから」

 そう言うとスプリームウルフは困惑した顔で「それで良いのか……?」と再度聞いてきた。

「全然平気だから」

「はぁ………そうか……」

 困惑を隠せないスプリームウルフに僕はあははと笑った。

 その時、応急処置が終わったのか、メールは僕のところへ戻ってきた。

「あの……終わりました」

「了解」

 メールは先程のスプリームウルフの様に困惑で染まった顔で質問をしてきた。

「ところでなんですけど……そこに居る狼は………スプリームウルフ……ですよね……?」

「そうだが?」

 何も当たり前だと答えると意味が分からないとばかりに口が開いていた。

「え………?T級のモンスター……ですよね…?」

「まぁそうだが」

 完全にメールは固まってしまった。そんなメールに追撃をする様な発言を僕はした。

「で、コイツを育てたいからちょっとパーティーから居なくなるって伝えてくれない?」

「ん………?え……?あ…………え…?」

 もう完全に固まってしまった。チャールズ皇太子とダイアナ妃が来た時にダイアナ妃があまりに美人で顎外れそうになってた大学の友人を思い出すよ。

「てことで、宜しく!」

「え!?ちょっと待ってください!!」

 僕はメールを無視する様にスプリームウルフと共にダンジョンから抜けた。

「全く、困った奴だ」

 テレポート中、スプリームウルフはそう小さく呟いた。

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