潜入捜査後の報告と

 ————といったように、あの店は人気な割にさまざまな歪な点がいくつか見受けられました。」

 本棚に囲まれた薄暗い部屋で、ウィリムとして例の店へと赴いたレイは博士に例の店について報告していた。

 

「これ…程よく乗っ取られていないか?

 今の現オーナーとやらに。

 …画期的な技術が豊富にある店のようだし、狙われても不思議じゃねぇか。」

 と博士は納得した様子で、レイがまとめた資料を眺める。

「…一人の芸妓からは一年ほど前に訪れた一人の遊女によって客を奪われたといった内容を聞きましたし、おそらくは。

 店の雰囲気は最悪でしたが、麗しき方によって狂信的に店に通わせているように見えました。

 中毒になっている者達は彼女に会うことだけを目的としていますし、他のことは気にしていないのでしょう。」


「そうだなぁ…。

 もし、その遊女とやらがいなくなれば男どもが発狂…いや暴動を起こしかねんな。これは。」

 「まさに傾国の美女のようですね。」

「それに近いかもな。

 これは、ちょいと工夫する点があるな…。下手するとこの街、いやこの国が滅びかねん。」

「実例として、過去に一人の女性によって滅んだ国もありますからね。」

「そうなんだよな。

 国の主が心を奪われ、政治を疎かにしたことで国を危うくするってか。

 ほんと、女っていうのは恐ろしいよな。」

「………。」

 比較的容姿端麗な女性でありながら、そのセリフを口にする博士にレイは「あなたが言うのか。」と言わんばかりの表情を見せていた。


「なんだ?その何か言いたそうげな顔は。」

「…いえ、なんでもありません。

 それで、あの依頼人にはどう報告するおつもりで?」

 博士は内心話題を逸らされたことに気づいていたが、それについては何も言わなかった。

「要望通り、今の経営状況と店の内部構造、そして例の遊女についての情報を渡す。

 だがあのコフ、依頼内容に興味がなさそうなんだよな。

 毎度部屋に来ては荒らす、罵声を飛ばす…

 真面目にやってるこっちが馬鹿らしくなってくるじゃないか」

 と嫌気がさしている博士にレイは同意を示した。


「あれは、檻から脱走した野生動物だと思いましょう。

 …いや、野生動物にも失礼かもしれませんね。」

「いつにも増して辛辣だな。」

「あの依頼人が荒らした物、毎回片付けてるの私なんですよ?

 今日も、調査に行った帰りに仕事を増やされたんです。

 辛辣にもなるでしょう。

 いつも博士に押し付けられますし…」

 ゲンナリしている様子のレイに博士は、レイの頭をポンポンと優しく叩いていた。


「いやぁ…いつも助かってるよ。

 だが、あのコフも懲りないよな。

 相手にされないのに来やがるんだから。」

「…相手にしないから余計に来るのではないですか?」

「依頼の内容であればちゃんと返答してるし、依頼内容もこなしてる。

 何に不満があるんだ。私たちは顧客と提供者であって、親密になる仲じゃねぇよ。」

「それを考える頭があれば、何も問題ないのですがね…」

「下手したらコフ以下じゃね?」

「否定はしませんよ。」

 と依頼人に対し、恨みつらみの愚痴を交わす2人。

 その二人を注視する天井からの1つの視線があったが…彼女らは気づいていないようだ。


「それに、適当にやったら私たちが罰せられてしまいますよ。

 仮にも、この街の騎士団長様なんですから。」

「この街も終わったな。あれが団長になれるほどなんだから。」

「…この依頼が終わればこの街から離れますからね。

 これっきりになるのでいいではありませんか。」

「…それもそうか。あと少しの辛抱だな。

 それじゃあ、あとは頼んだ。愛弟子よ。」

「全て私に押し付けないでください、博士もやるんですよ。」

 「はあ…めんどくせぇな…」

 と頭をかく博士にレイは苦笑する。

 この会話を済ませた頃にはいつのまにか彼女らの方に向いていた視線が消えていた。

 

 そして、二人は”天井に視線を送りながら”会話をしていた。

「…本当にめんどくさいですね。」

「そうだな、本当に。」

 そう口調は変わらずに述べる彼女らの目は、表情豊かな先ほどの人物とは思えず、感情を一切感じさせないほど冷徹であった。

 まるで、先ほどレイがウィリムとして演じていただけでなく、視線を送っていた人物や傍若無人な依頼人などからもレイや博士という人間に見えるよう二人の人間が演じていたというように。


 「忘れもんはないか?」

 突如としてその質問をする博士と急な質問に返答するレイはさらに例外的なことを述べていった。

「ええ。

 元々”破壊前提の物”をでここに置いていましたし。

 必要なものはいつも携帯してますよ」

「それもそうか。

 …もう何度もと何も感じなくなっちまったな。」

「虚しいのですか?」

「言ったろ?何も感じねぇよ。

 それより、お前は大丈夫なのか?ぞ?

 体というか骨格が全く変わるんだ、動きにくいだろう」

「博士も何を言っているのですか。

 こちらの方が小さくて躍動感があって…動きやすいでしょう。」

「…お前らしいな。」


 そうしてレイと博士の異質な”最期”の会話を済ませた彼女らは…彼と一匹になった。

 ウィリム茶髪の青年レイ中性的な子供に変わったように黒髪の背の高い女性はへ、レイはへとぐにゃりと姿を変えた。

「よし。じゃあ”フェイ”、あいつを。」

『うみゃ。(了解。)』

 頭を隠すフード付きの黒いマントを被った青年のフードの中に入り、マフラーのように青年の首に巻きついた灰色の猫フェイは、青年だけに聞こえる魔力の声を飛ばす。

 そして彼らは、この会話を最後に音無く部屋から姿を消した。

 

 だが彼女らがいた部屋は彼らが去って尚、何ら変わった様子はなく、ただ本棚に囲まれた埃っぽく薄暗い部屋であった。

 まるで、レイと博士がまだこの部屋で暮らしていることを表しているように。

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