【閑話】傍若無人な依頼人

 ウィリムと名乗る青年が例の店に入店してからしばらく経った頃、博士がいる部屋に来客が現れていた。

「おい、久しぶりだなぁ〜あ?」

 乱暴に部屋の扉を開けた男は、来て早々博士を頭から足先まで舐めるような視線で見つめていた。

 

 だが、不躾な男に対しても博士は不快感を表情に出さず、ただ机に置かれた書類に目を通している。

 自身に関心を示さずあたかも存在しないかのように扱う博士に、男は気に入らないとばかりに不服な表情を浮かべたが、やがて面持ちを変えて再び話し始めた。

「おいおい、無視するなよ。俺とあんたの仲じゃないか、なぁ?」

 と笑いながら博士にズカズカと近づこうとするが、あと一歩で博士の肩に触れるいうところで突如、見えない透明な壁に阻まれる。

「…?なんだ?…おい!てめぇ!これなんだ!?

 今すぐ解け!」

 理解できない状況に男は喚いていたが、それでも尚、博士は男をいない者のように扱い、目の前の紅茶まで飲みだした。

 

 その態度に、男はついに激昂し、顔を赤らめて怒鳴った。

「おい!!てめぇ…下手に出てりゃいい気になりやがって…

 俺が話しかけてやってるのになかなかいい度胸じゃねぇか…、ああ??

 今すぐこれを解きやがれ!俺様はおめぇらの依頼人だ、客なんだぞ!!?

 俺が誰だが知ってて、その態度なのか!?無視すんじゃねぇ!!」

 と透明な壁をその拳で何度もバンバンと叩いて騒ぐ男を尻目に、博士は引き続き書類に目を通し続けていた。

 

 その後、男は約5分ほど見苦しく暴れ続けていたが、博士は無関心を貫いた。

 やがて堪忍袋の緒が切れた男は

「…くそっ、覚えとけ!!」

 と吐き台詞を残して部屋を去っていった。

 その際、男が壁一面の本棚に強い衝撃を与え、やりたい放題して帰っていったのはいうまでもない。

 

 

 そして一時の嵐が過ぎ去ったあと。

 博士は億劫そうにため息を吐き、頬杖をついた。

「…はぁ、あのコフも懲りないねぇ…。

 毎度毎度、荒らすだけ荒らしていきやがる。」

 と博士は呟いた。

 ちなみにだが、〈コフ〉とは猿に似た生物の名称である。

 物憂げそうに肩を回して体をほぐそうと背伸びをしていた博士が、机に上の数枚の書類の隣に置いていた灰色のペンダントが淡く光った瞬間、ある人物の声が鳴った。


『博士、こちらは無事終了しました。』

 早朝、博士と会話していた中性的な子供"レイ”の声である。

「お、お疲れさん。…で、どうだった?」

『…博士の推察通りかと。

 詳しいことは、帰ってから話します。』

 「そうか、気をつけて帰ってこいよ。」

 と博士が背伸びをするのを見て、レイは何かを感じ取ったように問いかける。

 『了解です。…お疲れのようですが、何かありました?』

「ん?…ああ、またあのコフが来てな。」

 とあの男が来たことを伝えると、レイは不快そうな声色になった。


『…はあ、またですか。

 この時間は営業時間外だと何度も伝えてるのに…。

 これで何回目です?』

「さあな、数えるのが面倒でやめたわ。

 …あ、そうそう。あのコフ、本棚荒らすだけ荒らしたから片付けよろしく。」

 『…はぁ!?ちょ、は』

 レイが反論しようとしたその時、博士は灰色のペンダントトップを軽く押し、強制的に通話を切った。

 そんな博士は先ほどよりも晴々とした表情で

「さ、あのバカが帰ってくる間、久しぶりに甘い飲み物でも淹れてやるか。

 飴と鞭の使い方は大事ってな。」

 と楽しそうに呟きながら、奥の簡易的な厨房がある部屋へと入っていった。

 …散乱した本や書類などはそのまま放置して、である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る