かまちょ令嬢

砂石一獄

泣き落とし

 とても豪華なお城である。

 豪華絢爛とか、荘厳とか、ものすごくオシャレな単語が似合う西洋風のお城である。その名前は「モノスゴイ王国」という。

 当然、モノスゴイ王国なのだから大層なパーティが開かれていた。

 キラキラと輝く、田舎の田んぼに備え付けられているカラス避け用のCDレベルで光を反射するスパンコールドレスに身を包んだ貴族達がそれぞれ、楽しそうに談笑している。

 子爵とか伯爵とか、お偉い人達が談笑するパーティなのだから、そりゃ当然何かしらの催し物がある訳で。


 ただ、今回の一大イベントが「婚約破棄」だったというだけである。



「あー。えー……本日を持ちましてー……私、ウラギリは婚約を破棄することを、宣言いたします」

 まるでどこぞの文化祭開始前の宣誓を彷彿とさせる言い回しで、侯爵であるウラギリは、そう大々的に宣言した。


 彼の隣に立つのは、これはまた麗しい、美人の女性である。

 フリルの付いた扇子をこれ見よがしにパタパタと仰ぎ、愉悦の表情でウラギリと相対する少女を見下していた。フリルが付いている為、かえって本来の機能が損なわれているのではないかと思うが、一旦そこには目を瞑っておこう。


 ものの見事に婚約破棄を宣言されたのは、毅然とした表情を崩さない侯爵令嬢であるマケである。名前からして可哀想だ。

 マケは婚約を破棄されてなお、強かにウラギリを睨み返した。


「……理由をお聞かせください」

「え、だって家の方針で勝手に決められた婚約じゃん。俺だって自由恋愛したいし。なー」

「そのような勝手は許されません。我が侯爵家は、身分に相応しい道を歩まなければならないのです」


 ウラギリは自由な男であった。

 貴族としての一族でありながら、その身分を捨て去り自由な恋愛を求めたのである。そして彼の隣に立つ美人の女性こそ、ウラギリが見初めた女性であった。

 だが、マケは堅物である。貴族としての責任を果たす為、身勝手なウラギリを許すことが出来なかったのだ。


 ウラギリ侯爵の隣に立つ女性は、勝ち誇ったような表情でマケを見下ろした。

「ふふ、哀れな小娘ね。ウラギリの隣に相応しいのは平民であるこの私。選ばれたのは——このアヤタカよ」

 ペットボトル飲料のような名前の女性であるアヤタカは、揺るがない勝利を確信していた。


 だが、その揺るがない勝利はいとも容易く崩れ去ることとなる。


 マケはより一層眼光を光らせ、二人を睨んだ。

「……どうしても、婚約を破棄するというのですか」

「どうしてもだ。話はもう終わりだ」

「……そう、ですか」


 ウラギリがそうはっきりと告げた瞬間、マケは静かに俯いた。揺れる金色の髪が、彼女の目元を隠す。

 そして次の瞬間、マケは反逆に出た。



「うえええぇぇーーーーーーん!!!!嫌だあああああああああぁぁあぁぁあぁ」

「えっ、ちょっと」

「やだやだやだやだやだなんで婚約破棄するのぉぉぉぉぉぉぉぉ私だってウラギリのこと好きなのにいいいいいいいいいい」



 泣き落としである。

 大声で泣きじゃくるものだから、パーティに在籍していた人々は一同にぎょっとした顔を作り、彼等の方を見た。

 ウラギリも泣き落としは想定外だったのか、たじろいだ様子でマケへと駆け寄る。


「ちょ、ちょっと!皆見てる!落ち着いて!」

「びええええええぇぇぇ!!!!嫌だ!嫌だああああああ!!!!」

「ほっ、ほら!いい子にして、な?」

「びええええええええええええええええええええええええええええ」

「……ああもうっ!」


 すると、ウラギリは一旦引っ込み、舞台裏から紙袋を取り出した。マ〇ドである。

「な!?ほら、マ〇ド!マ〇ドのハンバーガーでも食べて落ち着こう!な!?」

「ちょっと。世界観」

「マ〇ドが嫌か!?それならス〇バはどうだ!!フラペチーノもあるぞ!」

「世界観……」

 アヤタカは淡々とウラギリの発言にツッコミを入れる。

 だが、マケは泣き止むことは無い。


「婚約破棄を破棄してくれたら泣き止むうううううううううううう……」

「ややこしいな」

「うえええええええぇぇぇぇぇん、なんで、なんでええええええええ」


 泣きじゃくりながら、マケはいきなりアヤタカの前に駆け寄った。

 アヤタカはぎょっとした様子で目を丸くし、後ろずさる。


「お姉ちゃん……なんで、ウラギリ様を取っちゃったの……ねぇっ」

「そ、それはー……ウラギリ君のことが好きだし」

「私だって好きだもんっ、すきすきすきすき……っ」

「……」

 アヤタカはこの時、母性を刺激されていた。

 感情を隠しもせずに馬鹿正直に泣きじゃくるマケに対し、強い情を抱きつつあった。


「……ウラギリ君。この子、お持ち帰りしていい?」

「ダメ」

「えーっ、良いじゃん。ちゃんと世話するから、ね?」


 まるで捨て猫のような扱いである。

 マケはぐずぐずと泣きながら、ぎゅーっとアヤタカに抱き着いていた。


 

 しばらくすると、マケは泣きつかれたのだろう。


「……すぅ……すぅ……」

 涙に目を腫らしながら、アヤタカにしがみついたまま眠ってしまった。


 ウラギリは頭を抱え、呆れたようにため息を吐く。

「……あー……俺もう破門になっても良いと思ってたんだけどなあ、どうすっかなあ……」

 

 どよめくパーティ会場内。

 彼はマ〇ドとス〇バの紙袋に囲まれながら、ただ一人空を仰いでいた。


 アヤタカは母親のように慈愛に満ちた表情を浮かべ、静かにマケの頭を撫でていた。

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かまちょ令嬢 砂石一獄 @saishi159

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