「……あ?俺こんなとこで寝てたか?」
いつの間に意識を失っていたのかわからねえ。だが、目が覚めたのは大理石の敷き詰められた広々とした空間だった。
といっても小奇麗って感じじゃねえな。割れた石柱は横倒しになってたりするし、瓦礫だってあちこちに散らばってやがる。
神聖な雰囲気こそ漂っているが、それはそれとして人の手が長らく行き届いていなさそうな空間だ。
「……こんなとこで寝る訳、ねえよな」
今まで攻略してきたダンジョンとは、系統が全く違う場所だ。
俺達勇者一行が攻略してきたダンジョンがおかしいというだけの話だが、まあそこには目を瞑ろう。
元々人々が暮らしていた施設をダンジョン扱いしなければいけないこの世界が悪い。
……前後の記憶がねえ。
別に酔いつぶれたって訳じゃないんだがな。
俺——瀬川 怜輝は、別に酒が飲める年齢じゃない。つーか魔災の起きた世界で、酒なんか転がっていやしねぇしな。密造酒ってんなら、魔災の中で出来た集落で何度も見たが。
まあ、法律なんざ機能してねぇし、好きにやりゃ良いと思うぜ。別に勇者だからって人道を解くほど出来た人間じゃねぇしな。
勇者なんて所詮肩書だっての。配信名だよ配信名。
「あっ、セイレイ君じゃん。なんでここにいるの?」
「ん?」
近くから聞こえたのは、活発そうな少女の声。
もはや聞きなれたもんだが、まあ無視するわけにもいかねぇからな。声の正体に気付きつつも、あえて適当な返答をしてみる。
「あ?秋城じゃねぇか。お前の部屋だったのか、邪魔してるぜ」
「私の部屋こんなボロボロじゃないんだけど!というか秋城じゃないよ、秋狐(しゅうこ)!バーチャルシンガーの秋狐だよ!!」
「おーご丁寧な名乗りをありがとうな」
「いつもあなたの心に吟遊詩人!あなたの心に響け魂の歌!噓から出た実とは私のことだっ☆」
「聞いてねえよ……」
相も変わらずクソうるさい吟遊詩人だ。
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てた秋狐の“カメラ”へと俺は視線を送る。
「なあ、秋狐。配信始まってるのか?」
「うん、配信画面は起動してる。でも、視聴者はいないみたいだねー」
「なるほどな……画面共有頼む」
「あいあいさっ」
秋狐と端的なやり取りをした後、俺の眼前にホログラムで構築された配信画面が表示された。
画面中央にはレティクルが表示。右側には[COMMENT]と表示されたコメント欄が。その下には、[総支援額]が表示されていた。
左下には[勇者セイレイ]という表示と共に、HPゲージが映し出されている。
視界を拡張する形で構築された“配信画面”はまるで、ゲーム世界へと導かれたような気分にさせる。
だが、コメント欄はいつまで経っても空白のままだった。
「んー。おっかしいね。配信が開始出来たってことは、戦闘があってもおかしくないんだけど」
秋狐は自らの身体を“空中で1回転”させながら、不思議そうに唸っていた。
そんな能力を持ち合わせる少女である秋狐。彼女の身体は現在、人間の体として存在していない。
秋狐の全身は純白のドローンの姿をした、“撮影者”だ。
役職こそ“吟遊新人”という呼称を経ているが、実のところは配信を支援する“配信ナビゲーター”としての役割である。
雰囲気こそふざけているが、サポーターとしての能力は非常に高い。
「セイレイ君、まだ周りには魔物が居ないみたい……けど」
「……ああ」
秋狐はドローンの身体を駆使して高く浮上。素早く周辺の情報を収集していく。
そんな彼女は歯切れ悪そうに、情報を伝達。だが、彼女が何を言わんとしているか俺も理解できた。
……足音が聞こえる。
人数で言えば1人だろうか。
「戦闘態勢を取って。“スパチャブースト”は……使えそうだね。総支援額は85,000円」
「分かった」
秋狐から端的に情報を受取りつつ、俺は右手に力を籠める。
その遺志に応えるように、大気中に存在する光源から切り取ったように、光の粒子がどこからともなく右手に集約していく。僅かだったはずの光源は、集うことによって大きな1つの塊を生み出していく。
やがて光の粒子は、剣の形を作り出していく。
「……よし」
右手に集約した光を振り払うように、勢いよく腕を振り下ろす。
すると、その先には滑らかな光沢を描いた、愛刀であるファルシオンが形成されていた。かつて潜ったダンジョンの宝箱から手に入れた、今となっては俺の専用装備である。
軽量であるが、それにも関わらず切れ味は十分にある。使い勝手の良さに関しては言うことは無い。俺の戦闘スタイルにも似合う優れものだ。
その間にも、足音は静かに近づいてきていた。
足取りは軽く、どこか楽しそうに跳ねているようにも見える。
「……いつでも来い」
俺は重心を低く落とし、いつでも駆け出せるように身構えた。
やがて、足音は瓦礫の奥から響いた。
瓦礫の隙間から静かに姿を現したのは——。
「……誰だ?」
藍色のワンピースを身にまとった、銀髪が特徴的な一人の少女だった。
まるで現実離れした雰囲気を纏った彼女は、きょろきょろと周りを見渡した後、俺の方向をじっと見据えてきやがった。
だが、その顔には警戒の色はない。
まるで動物園にでも来たかのような、好奇心に満ちた色合いの眼をしていた。
「なあ、アンタも配信者か?」
「ん?おーっ、もしかしたダンジョン配信やってるんですかっ。冒険者の方……ではないですよね?」
「冒険者?なんだそれは」
「何で知らないですかっ!?」
一体、この銀髪の少女は何を言っているのだろうか。冒険者、という存在を俺は知らない。
魔物と戦う為には“配信”の存在は必要不可欠だからだ。配信を介さないと、俺達の力の源である“スパチャブースト”が機能しないからである。
ダンジョン攻略を行う上での常識であるはずだが、どういう訳か。対峙する少女から、ドローンの姿を感じ取ることが出来ない。
そんな銀髪の少女は、きょとんと眼を丸くして、その人形のような顔つきでこてんと首を傾げた。
隣で秋狐が「うわ、可愛い」と言っていたがあえて無視した。
「んー、危ないですよ。魔物が居るようなダンジョンで配信するのは止めた方が良いです」
「んな訳にもいかねぇだろうが。勇者として放っておけるわけねぇ」
「……勇者……?勇者ですか?」
「あ?そうだって言ってるだろ。知らねえか?配信者ランキング1位の“勇者セイレイ”」
俺達がダンジョン配信を行う為に用いているサイトである“Sympass”。もはやダンジョン攻略を行う際には必要不可欠なサイトであり、俺達はその中で最も優秀な配信者グループとして活動している。
配信名が“勇者パーティ”ということもあり、文字通り全人類の希望を背負って戦う存在だ。
ダンジョン攻略を行うのなら、その名を知らぬものなどいない……そう、自惚れていたのだが。
「……すみません。ネットには疎くて」
「あー……そっか。悪い、俺の常識で語りすぎた」
「いえ、大丈夫です」
目の前の少女はふるふると首を横に振ってそう答えた。
ということは、この少女は配信を介さずに戦っていたということになる。
スキルも使用せずに、たった1人で?
(……そんなことが可能なのか?)
一応、そのような人物に心当たりがないわけではない。
配信時に使用可能となる“スパチャブースト”が広く周知される前から、スキル無しでダンジョン攻略を行っていた人物には心当たりがある。そいつは今、俺達のパーティで“盗賊”として戦っているのだが……今は置いておこう。
まあ、厳密に言えば死にスキルしか持たない配信者も一人心当たりはあるが。
……っと、そんな話はどうでも良いな。
「アンタこそ危険だ。下がれ」
「私はこのダンジョンに異変が起きてるって聞いて、調査しに来たんですよ。そしたら、いつの間にかここに私だけ転送されていて」
……転送されていたのは、目の前の少女も同条件か。
なるほど、原因不明の状況となっているのは俺だけではないらしい。
「……お前も同じか」
「ん?というと」
「俺も、気付いたらこの場に飛ばされてたんだよ」
「なるほど」
目の前の少女は、一体俺の話のどこに納得する要素があったのか分からない。
急に顎に手を当てたかと思うと、ブツブツと物思いに耽りだした。
それから、ちらりと俺に視線を向ける。
「君の名前は何ですか?」
……この場合における名前ってのは、配信名じゃねえな。
「俺は、瀬川 怜輝。配信名は“勇者セイレイ”だ」
「瀬川君ですね。私は田中 琴と言います。よろしくお願いします」
田中 琴と名乗る少女は、そう言って静かに手を差し出してきた。どこか底の見えない薄気味悪さを感じさせる少女だが、悪意は感じ取れない。
俺はそのまま彼女が差し出した手を握り返す。小さな、暖かみのある手だった。
そんな中、俺たちの周りを飛んでいた白のドローン——秋狐は、慌てた様子で叫ぶ。
「セイレイ君っ!……えっと、琴ちゃん!魔物、魔物が来る!」
「なっ!?」
「戦闘態勢取って!!琴ちゃんは下がって!!」
俺は素早く田中 琴の前に躍り出て、ファルシオンを構える。
その間にも、どこから現れたのか分からないが、瓦礫の合間から「ギィ」という鳴き声が響き始めた。とんでもない合唱はやがて、俺達を取り囲む。
——ゴブリンの群れだ。
「……こいつら、いつから居やがった!」
「分からない!数が多すぎるよ」
「……っ!」
本来であれば、仲間と協力して困難を打開するところだ。
だが、どういう訳か仲間とははぐれ、戦えるのは俺一人だけ。
この少女を守りながらというのは非常に分が悪い。
……と思っていたが。
「瀬川君ですね。守ってもらわなくて大丈夫ですよ」
「……お前は」
いきなり、田中は不敵な笑みを浮かべながら俺の隣に立った。
それから静かに右手を正面へと突き出す。
すると、不可解な現象が俺達の眼前で繰り広げられた。
「……は?」
亜空間とも呼ぶべき、説明不可能な空間が彼女の眼前に顕現したのだ。右手はその亜空間の中へと吸い込まれるように入り、やがて彼女はその中から1つの杖を取り出した。
きらりと輝く黄色の意思が嵌め込まれた、どこか特徴的なデザインの杖だ。
「こう見えても、私だって仕事で来ていますので。大丈夫ですよ」
「後で、説明してもらう必要があるな」
「私としては、そっくりそのまま言葉を返したい気分ですよ」
「……言ってろ!」
俺はファルシオンを構え直し、低い姿勢から大地を蹴り上げた。
ぐんぐんと加速する景色の中、俺はいつもの合言葉を唱える。
「——スパチャブースト”青”っっっっ!!!!」
すると、眼前に共有された配信画面から、俺のスキルが表示された。
[セイレイ:五秒間跳躍力倍加]
そのシステムメッセージが表示されると同時に、俺の両脚に青の光が纏わりつく。
希望となる光は、俺を更なる高みへと跳躍させる。
相対するはゴブリンの群れ。
「こんなところで……死んでたまるかあっ!!!!」
「——ギッ!!」
上段に構えたファルシオンを、大きく振り下ろす。光が描く一閃は、ゴブリンの胴と重なる——。
続く、かも?