初恋との再会、僕は君を忘れる。

ひなつ

第1話 三年生の卒業式、僕は初恋を思い出す。

 高校三年生の卒業式が終わった。三月中旬なのに桜がすでに咲いていて、ちょうど満開くらいだ。

 三年生たちが写真を撮ったり、ゾロゾロ帰ったりしている中、美上夏は寂しそうな顔をして桜を眺めながら立っている。

「・・・・・・皐月」

 夏は、桜から地面へと視線を移して微笑む。

「おーい! 夏ー!」

 夏の名前を呼ぶ制服を着た女子がいる。夏は、背後からするその声に反応して振り返る。

「青菜。どうしたの?」

「これから椅子とかの片付けがあって手伝って欲しい」

「あー、人手が足りてない感じ?」

「そう。ごめん」

「別に良いよ。家に帰ってもどうせやることもないし、それに青菜からのお願いだもん。断らないよ」

「私たち、小学校からの仲だもんね。いつもありがとうね」

「これくらいなんたってないよ。青菜のしてくれたことに比べたら・・・・・・」

 身長が夏より小さい青菜は、心配そうな顔で下から夏のことをじっと見る。

「まだ初恋の子が忘れられない?」

「うん」

「何度も言うようだけど、もう忘れて次にいった方が良いと思うよ。だって、中三のあの日からもう二年経つんだよ?」

「そう、だよね。だけど、桜を見るとどうしても思い出してしまうんだ」

「そっか。私は、いつか夏が前に進める日が来るって信じてる」

「・・・・・・うん」

 二人の間に気まずい雰囲気が流れる中、青菜は夏の顔を見てニコッと微笑む。

「そういえば、先生が進路希望出せって言ってたよ」

「あ、やば。忘れてた」

「期限明日なんだから早めに出しなよ」

「もちろん。帰ったら速攻で書いて明日持ってくる」

「てか、夏は進路どうするの?」

「大学に進学する。文系の大学」

「そうなんだ」

「青菜は?」

「私も文系大学だよ。特にやりたいこともないしね」

 校舎から下校のチャイムが鳴り響く。

「青菜、今日のところは帰るわ」

「うん。また明日ね」

 夏は、卒業生の大群に紛れながら家へと一人でそそくさと帰る。


 家に着いた夏は、二階にある自分の部屋の中でメモ用紙サイズの手紙を広げ、眺めている。

「やっぱり忘れられないよな。本気で好きだったんだから」

 夏は、深いため息をつく。

 突然、スマホが鳴る。夏は、ポケットからスマホを取り出して着信を確認する。画面に映し出されているのは、蟹田友樹という名前だ。

 夏は、ためらわず応答ボタンを押す。

「もしもし。友樹?」

「夏。久しぶり。中学ぶりだな、元気してる?」

「ん? あ、うん。元気だけど、何かあった?」

「夏の高校ってさ、春休みいつから?」

 夏は、机の上にあるカレンダーを見る。カレンダーの三月二十日には、春休み開始と書かれている。

「えーっと、三月二十日からってカレンダーには書いてある。だから明日で春休み前の最後の登校日だな」

「なら、大丈夫か」

「何が? まさか、なんか厄介ごとでも持ってきたのか?」

「いやいや、俺が今まで夏が嫌がる厄介ごとを持ってきたことがあったか? 今までを思い出してみろよ」

「んー、確かに特段ないな」

「だろ? 男同士、探り合いはなしだぜ」

「その言い方が妙に怪しい。それで? 本題を早く言ってよ。探り合いはなしなんだろ?」

「ああ、そうだな」

 電話越しに友樹は、ごほんと咳払いをする。

「なんと中学の同窓会が春休みに開催されるらしい。だから夏も誘おうと思って今日電話した」

「そういうことか」

「行きたいだろ?」

「いや、僕は遠慮しておく」

「なんでだよ。中三の頃、夏が好きだった犬井皐月も来るよ。それでも来ないって言うのか?」

 夏は、暗い顔をする。

「より行きたくなくなった。皐月が来るなら僕はいいや。気にせず友樹だけで楽しんでこいよ」

「えー、いいじゃん。初恋の人に再会できるんだぞ。そんな機会滅多に訪れないだろ」

「今さら会っても話すことないし、何より気まずい。何せ、卒業式の日に振られてから一度も会ってない」

「夏」

「ん?」

「前から思ってたけど、お前って女々しいな。男なら考え込まずに行動しようぜ」

「体育会系すぎるって」

「それじゃあ、詳細はまたメッセージで連絡するからよろしく」

「お、おい!」

 通話が切れた。夏は、その場で深くため息をつき、視線を勉強机の方へと向ける。机のふちに黄緑色のミサンガが置いてある。

 夏は、机に近づいてミサンガを手に取る。それを懐かしさと悲しさが混じったような目で見ている。

「ほんと、もう今さらだよな」

 夏は、ミサンガを机に置いて、ベッドの上へとうつ伏せになり、寝た。


 春休み前、最後の登校日の三月二十日。

 学校終了のチャイムが鳴ったと同時に夏は、一枚のプリントを右手に持って教室を出る。向かった先は、職員室だ。

 夏は、扉を数回叩いてドアをスライドさせて、気だるような声を出す。

「失礼します。二年五組の美上夏です。新香山先生はいらっしゃいますか?」

「こっち」

 職員室の角の席に座った状態で、落ち着いた表情で夏のことを見ている黒髪ロングで、黒縁メガネをかけている女性教師がいた。

 夏は、ゆっくりとその先生の元まで歩く。

「先生。進路希望です」

 新香山先生は、表情を一切変えずにプリントを受け取る。

「分かった。この大学にするんだね」

「はい。文系の大学にします」

「理系の美上くんがわざわざ文転する理由は何? もしかしてまだ過去の失恋を引きずっているの?」

 夏は、答えにくそうな顔をして先生から視線を逸らす。

「引きずってないです」

「そんな明らかな嘘つかなくていいから。美上くんは、嘘が苦手だから意味ないし」

「すみません」

「はぁ・・・・・・それで? 理系の大学は行きたくないの?」

「行きたくないわけではないです。ただ、皐月は理系志望だったから」

「だから三年に上がる前に文転したのね」

「はい」

「文転自体は否定する気はないけど、問題はその理由だよね。まあ、数学教師の私としては、理系に行って欲しいんだけど」

「先生は進学実績が欲しいだけでしょ」

「うるさい。社会人には色々事情があるの」

「社会に出たことがないのに?」

「あまり大人を舐めてると痛い目みるわよ」

「すみません」

「分かればよろしい」

 新香山先生の表情が真剣になる。

「美上くんは数学が得意だし、好きでしょ?」

「まあ、はい。毎日数学の問題集を解くのが趣味なくらい好きだし、得意です」

「なら、なおさら理系に行ったほうのが美上くんの将来のためにはなると思うけど」

「やっぱり僕はまだ、皐月のことを忘れられてないみたいです」

「そうだね。今の美上くんを見てれば誰だって分かる」

「先生。僕はどうしたらいいですかね」

「その皐月って子ともう一度会ってみたら?」

「緊張します」

「男なら我慢しなさい」

 新香山先生は、呆れた表情で深くため息をつく。

「私は、皐月って子のことをよく知らないから分からないけど、悪い子じゃないんでしょ?」

「はい。とても良い人です。誰に対しても優しいし、努力を惜しまない。そんな人です」

「なら、直接会って話してみることで何かが変わるかもね」

「そう、ですか」

 新香山先生は、プリントを机の上に置く。

「とりあえず進路希望は受け取っておくから、気分が変わったらまた教えて」

「はい、分かりました」

 夏は、職員室から出た。


「あー!」

 夏は職員室の扉を閉じたと同時に聞こえた大きな声の左側を見る。そこには、転んでたくさんのプリントを床にばらまいてしまった制服姿の少女がいた。枚数的にクラスへ運ぶかあるいは先生へ運ぶかの二択だろう。

「大丈夫ですか?」

 夏は、歩いて近寄ってしゃがむ。少女は、うつ伏せで倒れていてゆっくりと顔と体をあげる。

「心配するならプリントを集めてください」

 床に勢いよくぶつけたのか、少女の顔はかなり赤い。

「いや普通、とりあえず心配して近寄る場面だろ」

「普通なんて知りません。私は、クラス委員長としてやることがいっぱいあって時間が足りないんです。集めるの手伝ってください」

「それこそなんで僕が? 助ける義理はないででしょ」

「普通なら、困ってる女の子がいたら助けると思いますが」

「普通なんて知らないんじゃなかったのか?」

「人の言う、普通や常識なんて個々人のご都合主義の集合体のようなものです。それがたまたま共通したってだけで」

「まあ、確かに・・・・・・?」

 夏は、釈然としていない顔をしながら、少女と一緒に散らばったプリントを拾い集める。

「これで全部か」

「はい。ありがとうございました」

「君、名前なんて言うの?」

 少女は、怪しむような目で夏を見る。まるで夏が何かを企んでいるかのように思っているのだろう。

「いや、僕は別に君のことを狙ってるとかそういうんじゃないぞ」

「怪しいです」

「二年五組の美上夏。これで僕がどこの誰か分かったから安心だろ?」

 少女は、恐る恐る口を開く。

「まあ・・・・・・私は一年三組の綾里(あやざと)優(ゆう)です」

「よし。僕は帰るね」

「え?!」

「どうしたの? 不意をつかれたみたいな顔をして」

「いや、本当に何もないんですか?」

「何が? 一体何を期待してたわけ?」

「だって普通、嫌がる私をよそに連絡先を交換したり、しつこく遊びに誘ったりするもんなんじゃないんですか?」

「僕をそこら辺のナンパ野郎と一緒にしないでいただきたい。至って真面目で健全な高校二年生だ」

「男の人にもエッチなことに興味がない人もいるんですね」

「いるだろ。というかなぜそんな話になった」

「男の人が優しくする時は、何か裏があるから気を付けなさいって母から教わってるので」

「お母様の教育だったか」

「はい。なので、今まで私はそう思ってました」

「男は別の生き物じゃないから」

「そうですか。勉強になりました。それでは」

 優は、突然話を切り上げてそそくさと職員室へと向かう。

「え? そんなに急いでどこ行くの?」

「職員室です。この状況を見て分からないんですか? クラスで集めた宿題のプリントを先生に提出しに行くんです」

「そうか。邪魔して悪かった」

「いえ、新たな知見もありましたし、何より、プリント拾ってくれてありがとうございました」

「どうも」

「では」

 優は、スタスタと職員室へと入っていった。

 夏は、ふと窓の外を見る。ほとんど辺りは暗くなっていて、歩く生徒はほぼいない。

「やっと帰れる」

 夏は、疲れた表情をしながら帰っていく。

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