第5話 side:ホネカワ
「く…。」
ホネカワが嗚咽を、漏らす。
「くっくっく…」
嗚咽では、無かった。
「くくく! はははははははは!」
嗚咽は、笑い声に変わった。
「作戦通り。」
ニヤリとしながら、ホネカワは立ち上がると、手に隠し持っていた警報の遠隔操作パネルを操作する。
警報が止まる。
部屋にはホネカワ一人。
しかし騙し合いに勝利したホネカワの興奮は収まらない。
「僕は、お前に嘘をついた。
その部屋のあったポッドなんだけどな、
それ、脱出用じゃないんだよ。
廃棄用のポッドなんだ。
動力源も、食料も積んでいない、ただの箱なんだよ。
お前は俺に、引き金を弾きかけた。
お前が疑心暗鬼に囚われていたのは、すぐに解った。
このままでは、僕はお前に撃たれるかもしれない。
だからお前を…。」
ホネカワはそこで一息吐く。
昂った感情も落ち着いてきた。
「…って、もう聞こえないよな…。」
エイリアンは人間に『模倣』できる。
しかもその『模倣』を見極める手段はない。
ゴウダは、僕がエイリアンではないかと疑い、疑心暗鬼に取り憑かれた。
当然、僕もゴウダを同様に疑っていた。
だが、僕達には決定的な違いがあった。
ゴウダが拳銃を所持していることだ。
ゴウダの性格では、いつストレスで発狂して発砲してくるか解らない。
現に、ゴウダは僕に銃口を向けてきた。
だから、始末するしかなかった。
…それに。
あのエイリアンの…『実験生物』の存在を知る人間は、少ない方が好ましいしね。
ハカセが研究室から出て来た。
「あ、ホネカワ主任。解析が進みましたよ。あの『実験生物』の新しい特性が解りました!」
「おぉ、そうか。この短い時間で君はよくやってくれたよ。」
ホネカワは、『実験生物』の研究チーム主任であり、ハカセの上司でもあった。
「あれ? 主任。ゴウダさんはどうしたんですか?」
「ああ、あいつは逃げ出したよ。ところで…ハカセ。」
「は、はい。」
「『実験生物』を逃がすとは、とんだ失態だな。総統閣下に粛清されかねない。」
「…申し訳ありません。まさか、この宇宙ステーションで秘密裏に研究していた『実験生物』が、成体になった途端、あれほどの凶暴性と能力を得るとは思いませんでした…。」
「…不足の事態だ。仕方ない。幸いステーション内の人間は全滅した。あの『実験生物』の機密が漏れることはない。」
「はい。死骸は回収しましたし、貴重な実践データも収集できました。本国の総統閣下にも報告ができます。」
もともと本国からこのステーションに持ち込んだ『実験生物』は二体だった。
一体は撃ち殺してしまったが…死骸はある。『模倣』という特性も新たに発見できた。
これで本国の総統閣下にも、なんとか顔が立つというものだ。
「で、本国の迎えの艦は、いつ頃到着するんですか?」
「うむ、先程コントロール室で確認したが、あと半日程で到着する予定だ。」
「良かった。それならもう一体の『実験生物』は本国で回収が可能ですね。」
「…ところでハカセ。さっき言っていた『実験生物』の新しい特性とはなんだ?」
「ああ、はいはい。解析の結果、あの『実験生物』は、人の身体機能や臓器・脳組織だけでなく、脳に流れる電流やパルスすらも『模倣』できるんですよ。」
「どういうことだ?」
「つまり、『模倣』した人間の記憶…思考すらもコピーできるんです。」
思考のコピー、だと?
「…まさか、あの『実験生物』は、ただ『模倣』しているだけではなく、
『模倣』した『実験生物』自身が『実験生物』だと気付かない。
そういう事か?」
「はい。その通りです!」
模倣した後も怪物だという『自覚』が無い怪物…。
「さすがに『模倣』から戻る瞬間は、意識も『実験生物』に戻るみたいですけどね。」
…恐ろしい怪物だ。
…。
…自分が怪物である自覚がない。
ということは…。
僕は、先程、ゴウダが言っていたことを思い出す。
「なぁ、ハカセ。」
「はい。なんですか主任?」
「あの死骸はもう冷凍保存したのだな?」
「はい。当然。いつでも本国に渡せます。」
「解析データは?」
「もちろん、ここに。」
ハカセがポケットから小さなメモリーカードを取り出す。
「僕が持ってるよ。」
そう言って、ハカセからメモリーカードを受け取る。
「ありがとう。…これで君は用無しだ。」
「…は?」
ホネカワが、懐から拳銃を取り出す。
「君が『実験生物』の可能性がある。だからここで死んでくれ。」
そう言って、拳銃をハカセの眉間に突き立てた。
「これは裏切りじゃない。僕が生き残るための、大切な犠牲だ。」
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