炎の使い手の異能者バトル ~始まらない物語~

秋月稲葉

第1話(完結)

――街が哭いている。


パトカーや救急車が毎日喚き散らかし、俺はその度に安眠を妨げられる。


舌打ちをして、安アパートの窓から外を見ながら煙草に火を点ける、

ただ、俺はライターもマッチも使わない。


――指先から灯をひとつ、煙草の先端を炙れば簡単に煙を吐き出し始める。


火炎使いパイロキネシス、これが俺の『異能』の名前だ。



『異能使い』……現代社会に突如として顕れた、所謂超能力者っつー奴だ、

始めは噂やAI生成で作られたフェイクニュースだと相手にもされんかったが、

目立ちたがりや犯罪者、世間に不満のある馬鹿共が事ある毎に使い倒す所為で、

その存在はあっという間に認知され、こうして事件が後を絶たないって訳だ。


「……あ、クソッ。今ので最後だったか……」


次のを、と思って煙草の箱を逆さまにして振っても1本も出てきやしない、

外は夜だ、暗い、治安は最悪、明日休みだし明日でいいじゃないか、

そう思ってるが、こんな時に無性に吸いたくなるのは

駄目だと言われれば欲しくなる、哀しき人の性って奴だろう。


「腹も減ったし、ついでになんか弁当買うか……」


財布と家の鍵、スマホ、それだけひっつかんで、

俺は立て付けの悪い玄関ドアを力任せに引っ張り、外へ出た。



「……」


煙草と弁当、あと缶ビールを買って俺はコンビニを出る、

温めた弁当が冷める前に、歩いて5分くらいの我が家への道を

足早に辿っていた。


家から出てからすぐ、俺はとても胸糞悪い気分にさせられている。

何かの視線が、背後から感じる、気のせいではなく、あえて俺に気付けと

言うかのように、はっきりと感じると言っても過言ではない。


「チッ、調子に乗りやがって……」


俺はなるべく人通りの多い、だが後ろの奴が気兼ねなく接触できるように、

繁華街の路地裏に入り、そいつがやって来るのを待った。


そして、そいつはすぐに来る、上は黒パーカー、下は黒ジャージ、

フードを深く被ってる、如何にも不審者という男だ。


「やっと立ち止まってくれたな」

「何の用だよ、知らねぇ奴に追いかけ回されるような事はしたつもりはないが」

「分かってんだろ、俺もお前も『異能者』だ。力を持つ者同士がかち合えば、

 やることは殺し合いしかないだろ」

「……何故だ?」

「は?」


俺は指先から炎を出す、それに反応し、奴は何もない空間から拳銃を出現させ、

俺に向かって構える。


だが俺はその炎を向けることなく、その知らん馬鹿野郎に言葉を投げかけた。


「俺の能力は『炎使い』だ、その気になればお前を直接燃やせる。

 あとお前が後ろに居た事には家を出た時から気づいていた、

 だがその上でお前に攻撃を仕掛けなかった、何故か分かるか?」

「……何言ってんだよ、ただビビってるだけだろ?」

「ビビってる?あぁそうだ、ビビってる。だがお前にではない」

「あぁ?んだよそれ、なら何にビビってるってんだよ」

「――社会だ」


呆気にとられるこの馬鹿に、俺は畳みかけるように言葉を繋ぐ。


「刑法第199条、殺人罪。そして俺の炎の能力は使い方を誤れば

 刑法第108条から第111条にかけて規定されている放火罪に該当する。

 分かるか?俺はただの社会人だ、生活があり、責任があり、趣味があり、

 将来に対する希望がある。

 そんな奴が力を持ったからって人殺しに使うと思うか?

 っつーか、なんで人殺しに繋がるんだ?異能者バトル漫画の読み過ぎか?」

「……バッカじゃねぇの?俺達は人より優れてんだよ!

 この力を使えばこの世を自分の好きに出来るんだよ!

 殺したい奴は殺す!脅せば金も手に入るし、金さえあれば何でも出来るだろ!」

「お前の能力、銃を好きなタイミングで生み出し、使うって所か。

 ……銃刀法違反を知らないのか?」

「お前やっぱバカだろ!好きに出せるってことは好きに消せんだよ!

 証拠が無けりゃ警察は俺を捕まえることは出来ねぇよ!」

「……そいつはどうかな?」

「何ッ?」


俺は鼻で笑って、目の前の可哀想な奴を可哀想な目で見てやる。

それが気に入らないのか知らんが、奴は銃の引き金に指をかけた、

どうやら生意気な口を叩く俺を一刻も早く黙らせたいのだろう、笑わせる。


「SNSもニュースも見ないのか?『異能者』は既に世間に広く知れ渡っている。

 ここで撃てば人は集まる、銃を消したところでお前が立っていて、

 俺は体に穴があいてくたばっている。それを見て通行人が、警察が、

 お前の事を無罪の通行人だと思ってくれるって、本気で考えてるのか?」

「だったらお前も、俺を燃やせばすぐにバレるだろうが!」

「あぁそうだ、やっと分かったか?俺もお前も、ここでやり合えば

 どっちが勝っても、どっちも得をしないんだよ。

 ……まぁそもそも、お前を殺して俺に得な事なんて何一つないんだが……」

「だったら場所変えようぜ、お互い存分に殺し合える所に行こうじゃねぇか」

「だから何でやり合う必要あるんだよ、強制イベントで戦闘に持って行きたい

 RPGかアクションゲームのチュートリアルNPCかよ。

 ……だが一応聞いておこう、何処に場所変えるつもりだ?」

「何処でもいい、山とかどうだ?死体になってもすぐに見つからないだろ」


俺は肩を竦め、首を左右に振った。


「馬鹿が、さっきも言っただろう。

 俺が火を放てば放火になるし、森林が燃えれば森林法違反だ。

 また損失が出ればその分の金が掛かる。あとそもそもだ、

 人間が立ち入れる山なんてほとんど誰かの土地だ、

 知らんか?山菜取ったら不法侵入で揉めることだってあるんだぞ」


俺は捲し立てるように馬鹿に教えてやる。

どうせここまで言っても、そう、どうせだ、どうせチュートリアルNPCだ。

なら次は海に行こうぜとか言うんだろう、デートの約束か何かか?


「くっ……だったら何処なら良いんだよ」


おっほっほ、こいつぁたまげた。

『ここでやるか』、『山でやるか』、こいつには2択までしか選択肢がないらしい。

昨今のゲームの選択肢でも、3つ4つ5つと、多岐に表示されるというのにだ。


「何処なら、か。はっきり言ってやる、現代社会では不可能だ」

「なんだと……?」

「俺達異能者がドンパチやれば警察が来る、分かるだろ?

 異能者の力のぶつかり合いなんて、司法国家の前では犯罪行為の1つでしかない。

 お前の能力は犯罪その物だ、人前に出した時点で手錠をかけられておかしくない」

「お、お前は……!お前はどうなんだよ!炎だろ!」

「俺の能力は煙草に火を点けれる、鍋でお湯を沸かせる、料理も出来る。

 あとよくある『無人島に1つだけ持って行けるなら』の質問で、

 俺は火以外の選択肢を選ぶことが出来る」


フードの男の顔が徐々に絶望の色の示し、力の抜けた手から拳銃が落ち、

コンクリートに一度跳ねてから、光となって消える。


――勝ったな、俺は確信した。


戦わない、戦えない、戦ったらいけない。

俺達が何故異能に目覚めたかなんて知った事ではない、

だがこの世界は、日本は、法律は、異能者が好き勝手するには

あまりにも制限が多過ぎる、あと一般人的に戦う理由がない。


――いつか理解するだろう。


目の前のこいつも、今日も警察とドンパチしてるあいつらも、

身を以て、その事実を理解し、覚え、大人しくなるはずだ、多分な。


「チッ……あー、だる……弁当が冷めちまった」


コンビニの袋から煙草を取り出し、1本咥えて指先で火を点ける。


気が付けばパトカーや救急車のサイレンの音は消え、

街は珍しく哭き止んでいた。



「……今日は久しぶりにゆっくり寝れるかも知れないな」






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