第2話

 tatsuの気性は好戦的で野心家。そしてすぐしょげる。


 かと思えばすぐに爛漫として活発になる。


 そんな気質の奴だった。



 天子たる帝の治める帝国領内と言えど都市と都市の狭間、辺境の地には賊も湧く。


 この賊共は往来を扼して道行く旅人や行商人に矛先を突きつける。


 そうして金品を要求した。


 こういう賊と遭遇すると、tatsuは前回に殺した賊の武器を取る。


 それから馬を降りると勇んで賊と虎皮の男の間に立つ。


「先生、ここは俺にまかせてくれ」


 そういってtatsuは賊共に切りかかっていく。


 tatsuはとある理由から、虎皮の男を出会ったときから先生と呼んだ。


 華奢で非力な身体だが、tatsuは小手先の術に優れていた。


 うまく賊の首を刃で捉えて殺すこともある。


 けれども所詮は餓鬼だから、殺せないこともある。


 そういうときには虎皮の男が文字通り横槍を入れた。


 あるいは剣で賊を薙ぎ払った。


 こうするとtatsuは少し悔しそうにしながら


「流石は先生だなぁ」


 という。





 どこかの地方都市の宿に泊まった時のことだ。


 虎皮の男はtatsuに訊ねた。


 どうしてお前はわざわざ戦うのか? と。


 ただの奴婢なのだから雑役さえこなしておればよいのに。


 なぜわざわざ危険に向かっていくのか。


 虎皮の男は不思議だった。


「母が言うには、俺は龍の子供らしいんだ」


 と、tatsuは答えた。


「龍は神聖な存在だ。 天の意志を地上に伝える。 その龍と交わって、母は俺を身籠ったらしい。 俺の半分は龍なんだ。 天の意志、天命を地上にもたらす。 つまりは天子。帝だ。 『お前は龍の子供。 武によって覇を唱え、新たなる皇帝に成らねばならない』 そう、母が俺に言ったんだ」


 だから俺は強くならなきゃ。


 そう言ってtatsuはニッと笑った。


 ひどく不敬なことだと虎皮の男は思った。


 蛮族の糞餓鬼が放伐によって帝位を簒奪しようなどとは。


 しかし未だ分別のつかぬ餓鬼の戯言だ。


 虎皮の男はtatsuの発言を捨て置くこととした。折檻はしなかった。


 それよりも虎皮の男の気にかかった言葉がある。


 『龍』だ。


 蛮族に父を殺された者の母は、あるいは奴隷に身をやつす者の母は、龍にまつわる虚言で偽りの誇りを得ようとするのかもしれない。


 そんなことを虎皮の男は思った。


「あと、先生が俺に才を見出して弟子にしてくれたんだから、

 それにも応えないとな」

 

 と、tatsuが言葉を付け加えた。


 虎皮の男はこの時にお互いの認識の齟齬を了解した。


 ――弟子を取ったつもりはない。お前のことは奴隷として買った。


 そう虎皮の男はtatsuに伝えた。


「そっか。そうだったんだ……」


 tatsuは消沈して、その表情が陰る。


 そのtatsuの顔を見た虎皮の男は次に余計なことを言った。


 確か、こんな文言だった。


 ――俺がお前くらいの年の頃だ。 父と面識のあった将軍の屋敷に、俺は奉公へ出たよ。 武人として育ててもらうためでなく、ただの小間使いとしてだ。 雑用をしながら門人たちの素振りやらを見てさ。

   

 ――ある日屋敷に出入りする弟子の一人に喧嘩を吹っ掛けられたんだ。 俺がそいつをズタボロにしていたぶってる所をたまたま将軍に見られた。それで、お前は筋がいいなと認められて稽古をつけてもらえるようになった。


 ――だから、あれだ、この旅でお前に何か光るようなものがあるなら、その時はお前を弟子に取ってやってもいい。


 そんなことを言った気がする。


 すると落ち込んでいたtatsuはニパッと笑って、


「だったら俺、もっと頑張らないと!」


 明朗な調子でそう言った。





 tatsuと虎皮の男の関係。


 それは奴隷と主人の関係であり、それ以上でも以下でもない。


 しかし奴隷と主人と一口に言ってもその様相は様々だ。


 効率的な農場経営を行うための実務担当と管理担当であったり。


 労働をさせつつ折檻と称して嗜虐欲を満たすための玩具とその使用者であったり。


 名目上は奴隷だが実質的には高度な職能によって所有者と対等な関係であったり。


 tatsuとの当時の関係を、虎皮の男は未だにうまく記述が出来ない。



 tatsuと虎皮の男の旅の中でこんな出来事があった。


 この時は小さい山を越える必要があった。


 傾斜の急な勾配を登り、そして緩やかな坂道を降りていた。


 その山道をすこし外れたところに天然の温泉を見つけた。


 上り坂で汗もかいていたので、虎皮の男はその湯の中に入ってみた。


 浴してみれば存外に心地がいい。


 ――お前も入ってみるがいい。


 虎皮の男はtatsuを湯へ誘った。


「いや、俺は、いいよ」


 tatsuは少し離れた場所でそっぽを向いて、もじもじしながらそう言った。


 そっぽを向くtatsuのうなじには黒髪の襟足が汗で張り付いていた。


 ――せっかく汗を流しても、横に汗臭いのがいては不快だ。


 虎皮の男はざぶんと湯から這い出て、ずんずんとtatsuに近寄る。


 そうしてtatsuの華奢な身体を捕まえて衣服を全て剥ぎ取った。


 tatsuは抵抗したが虎皮の男は曲がりなりにも近衛の兵だ。敵うはずもない。


 一糸纏わぬ姿となったtatsuは両の手で局部を抑えながら言った。


「先生、その、黙っていたが、俺はおんなだ……」


 チラチラと虎皮の男に視線を向けるtatsuの顔はどこか赤らんでいた。


 虎皮の男はtatsuの肢体を一瞬観察して、確かこんなことを言った。


 ――こんなのは女と言わん。

   お前のようなちんちくりんはただのクソガキと言うのだ。


 虎皮の男はtatsuの体を強引に抱えて湯の中へ飛び込んだ。


 ――どうだ、心地いいだろう。


「うん、心地いいよ、先生」


 この時のtatsuは始終俯いて虎皮の男と目を合わせなかった。



 山を越えて湯に浸かった日の夜。駅の宿でのことだ。


「女だとバレてしまったからさ、全てを白状しようと思うんだ」


 tatsuはこう言って話を切り出した。


「俺はその、先生に惚れているよ。

 俺は龍の子供だ。だから自分も強くなりたいし、

 つがいにも強くあってほしい。

 そして、先生はすごく強い。

 きっと世界で一番だ。


 でも、それだけじゃない。

 先生は口が悪いけどさ、

 俺をガキだとかバンゾクだとかドレイだとか言うけどさ、

 なのに俺を一緒の馬に乗せてくれるんだ。

 危なかったら助けてくれるし。

 宿の同じ部屋に泊めてくれて、

 その、一緒にお風呂も、入った。

 穢らわしいなんて言わずにさ。


 先生はすごく優しいんだ。

 一番強くて、一番優しい。

 これってとても素敵だ。

 俺はそんな先生のことが好きなんだ。

 俺は先生と、めおとになりたい」


 tatsuからの言葉に虎皮の男が何を思ったのか、もう忘れてしまった。


 ただただ言葉に窮したことだけを覚えている。

 

 沈黙に耐え切れなくなったのか、tatsuが


「ダメ、かな?」


 と上目遣いに聞いてきた。


 ――寝言は寝て言え糞餓鬼。


 と言ったような気がする。


 ――弟子に夫婦に忙しい奴だ。


 と言ったような気もする。


 とにかく何か、そのような内容の台詞を吐いた。


 それからtatsuの頭を拳骨で軽く小突いた。


 そうしてtatsuに背を向けて寝床に横になった。


 いびきもかいてやった。狸寝入りだった。



 虎皮の男には縁談の話が無かった。


 至極当然のことだった。


 何処の誰が父も母もいない脆弱な家に、自分の娘を嫁に出すというのか。


 婿養子になれという話であれば、虎皮の男は幾つか受けた。


 しかし全て断った。


 婿として別の家に入れば虎皮の男の家は途絶えてしまうからだ。


 虎皮の男は布団の中でtatsuの言葉を幾度も思い返した。


 曲がりなりにも帝の臣たる男がどうして蛮族を正妻に迎えることが出来よう。


 帝の近衛の者の正妻が東夷だなどと。帝の品位を貶めるに他ならない。


 けれども、


 妾などであれば、それが蛮族の娘であっても然したる問題にはならんだろう。


 正妻が不在でも妾という関係が成立するかは知らない。


 そんなことを悶々と、その時の虎皮の男は考えていた。



 結果としてtatsuは虎皮の男の弟子にも、また夫婦の関係にもならなかったわけだが。

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