瑞獣をもとめて。或いは、龍討伝説の仔細について。
@gagi
第1話
「以下に語るのが我が帝国において語り継がれる龍討伝説に関わる物事の仔細だ」
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始まりは神代とも思われるほどのいにしえ。
かの星武帝の御世のことだ。
帝国の北方。
長城を境に北狄と接するU州でこのような証言が幾つも聞かれた。
『夜空の内に青い龍の姿を見た』と。
当時、龍は瑞獣と見做されていた。
つまり、龍は瑞兆である。
天命が未だ猶、我らの帝にあることを天がお示しになったのだ。
龍の目撃が事実ならば。龍の出現が事実ならば。
これは誠にめでたいことだ。
然るべき儀式を行い天へ謝意を示さねばならない。
もしも龍だと思われたものが、龍の姿を偽った異形のものだとしたら。
それは凶獣だ。
これより来る災厄の予兆である。
帝の天子たる威を示すべく凶獣は討滅しなくてはならない。
龍が現れたるは真か、偽か。
龍と思われたる獣の正体は真か、偽か。
これは帝国の大事である。
星武帝は近衛の兵の中から一人を選び、その者を朝殿へと呼びつけた。
帝は玉座に御座す。
選ばれた近衛の兵は恭しく頭を垂れている。
帝が宣う。
「汝、龍の流言の真偽を判ぜよ」
こうして龍にまつわる噂を調査せよとの勅が下った。
帝から直に勅を賜った近衛の男についてだが、この栄誉は全くのまぐれだ。ただの偶然だ。
幾ら天下の指導者たる帝といえど間違えることもある。
その唯一と言っていい事例がこの男に龍の調査を命じたことだ。
そう評さざるを得ないほどに、この男は愚か者だ。
名を名乗ることすらこの男については烏滸がましい。
しかしこの男を指し示す語が無ければ以降の叙述に差し支える。
この男は虎の皮で装飾を施した鎧を好んで身につけていた。
この男が近衛兵に登用される前、修行の時代に自前で狩った虎の皮だ。
この鎧にちなんで、以降は勅を賜った近衛の男を『虎皮の男』と呼称する。
虎皮の男には龍との浅からぬ因縁がある。
それには彼の父が大きく関係している。
彼の父は帝に仕える将軍の一人だった。
将軍として彼の父は帝から北狄の討滅を命ぜられた。
彼の父は万の兵を従えて北へ赴いた。
縹渺とした草原で疾風の如く戈を振り回して、鼓膜が痺れるほどの喊声で配下の兵を鼓舞して、そうして北狄の首の山を幾つも拵えた。
そんな北の僻地においてだ。
彼の父が絶命したのは。
『お前の父君は勇猛な将だった。 果敢に敵陣へ切り込み、千の首を上げた。 北方の蛮族をどの将よりも掃討した。 帝の天下を広げるために最も尽力した忠臣の一人だ。 だから、ただただ不運なだけだったのだ。 お前の父君が北狄の凶刃に倒れたことは』
幼少の頃の虎皮の男に対して、父と同僚だった将も父の配下だった兵も同じようなことを言った。
虎皮の男の父は北狄に討ち取られてしまったらしい。
幼少の虎皮の男は思った。
肉親が北の蛮族如きに殺されるなど悔しくて恥ずかしい。
けれど、父は最後の最後まで帝の臣として朝敵と戦ったのだ。
天命の為に殉じたのだ。
このことだけは父と、その子たる虎皮の男にとって誉れだ。
誰が何と言おうと。絶対に。
虎皮の男の母だけが、父の死因について他とは異なる供述をした。
『お前様の父上が蛮族なんぞに殺されるわけがない。 天賦の偉丈夫に土人の刃が届くわけがない。 ――龍だ。 龍の五指の爪が、あの人の命を刈り取った』
そんなことを彼の母は言った。
病に伏してその寿命が尽きるまで、虎皮の男に言い続けた。
虎皮の男はこの話を、母が言う父の死因の話を他言したことは無い。
言えるわけがないだろう。
もし龍が彼の父を殺したことが真ならば、もし父を殺した龍とやらが真に龍ならば、それは二つの可能性を指し示す。
虎皮の男の父が裏で帝に背いていたか、帝が天命に背いているかだ。
前者ならば一族の汚名だ。
後者ならば帝への不敬だ。
龍は瑞獣だ。
しかし虎皮の男は龍なぞ居なければよいと思っていた。
居るべきではないと考えていた。
龍が居なければ一族の汚名も帝への不敬も無いのだから。
もしも本当に龍がいたら?
それは、その龍に見えるものが龍を騙る異形である他にない。
災厄の前兆たる凶獣に他ならない。
そうでなければならない。
そして凶獣は討滅しなくてはならない。
これが虎皮の男と龍の因縁である。
帝から勅を賜った後。
虎皮の男は少しの旅支度と馬を用意してすぐU州へと発った。
用意した馬は駿馬ではない。
骨が太く持久力のある馬。
それでいて体格は大きくなく、さほど馬糧を要しない馬だ。
傭兵の類は雇わなかった。
必要が無かったからだ。
虎皮の男は愚か者であるが、帝に仕える兵として一応の武芸の鍛錬は積んでいた。
特に剣の扱いを得意としてた。
得意とはいえ所詮は愚か者の小手先だ。
歴代の剣豪たちと比べれば、虎皮の男の剣術は児戯に等しい。
だが、虎皮の男と同じ時代を生きた者どもは情けないことに、誰一人として虎皮の男に武芸で勝らなかった。
虎皮の男は当代一の武人だった。滑稽な話だ。
仮にも当代一の武人であるから、道中の賊など敵にならない。
傭兵は雇わなかった虎皮の男だが、奴婢は買った。
調達したのは都を出て最初に立ち寄った地方都市だった。
一人旅だと不便が多い。
荷物の番であったり馬の世話をさせる手下が欲しかった。
奴婢を選ぶ条件で最も念頭に置いたのが体重だ。
旅の道中、奴婢は歩かせてもいいが馬に乗せることもあるだろう。
その場合は馬への負担を減らすため、なるべく軽い者がいい。
その考えで買ったのが、一人の東夷の餓鬼だった。
華奢な体に浅黒い肌。面のほうは拭いてやれば、まぁ綺麗だ。
餓鬼の名前はtatsuと言った。東夷だから字はない。
虎皮の男はいつまでもこの名を忘れはしない。
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