ひねくれ姫王は美貌の伴侶に幻滅したい
のぎあおまさ
寄る辺無きは銀の月
第一話
「ガルドのような小国に婿をやるとは、ルナリアも堕ちたものだな」
アルマはそう自嘲しながら、己が花婿となる男に会うべく二人の配下を引き連れ別殿へと続く長い回廊を歩いていた。
声こそ年若い少女のものであるが、厳かな静寂を切り裂くように歩むその姿は、十四歳にして即位し瞬く間に内乱をおさめ国をまとめ上げた覇者としての威厳と風格に満ちている。
「陛下、くれぐれもシグナス殿の前でそのような言葉遣いはなさらぬようお願いします。よろしいですね?」
蛇が這いずるかのごとく嫌味な口調でそう釘を刺したのはアルマの右腕にしてガルド王国宰相のルシャード──公爵家の次男に生まれアルマが王となる以前から世話係として仕えてきた男で、かれこれ十年の付き合いになる。
アルマのひねくれた性格はどう考えてもルシャードの教育の賜物であるというのに、当の本人は事あるごとにやれ王としての振る舞いがどうだの言葉選びに気を付けろだの小言を言ってくるのだからたまらない。
「ふん、どうせこの婚姻もお前の差し金であろう」
「…否定はいたしません」
拗ねた口ぶりではあるが、アルマは別にこの結婚を心底嫌がっている訳ではない。ルシャードはプライドが高く気難しい男であるが、アルマの期待と信頼を裏切ったことは一度もなかったからだ。
ルナリア帝国の皇弟シグナスとの婚姻は、即ち帝国がアルマをガルド王国の正当な後継者として認めたことになる。かつての栄光は失われつつあるが、ルナリア帝国は未だ大陸全土に強い影響力を持つ。先王の嫡子とはいえ内乱を経て王位を確たるものとしたアルマにとってはまたとない話であった。
だがアルマとて帝国の威光に縋りつきその走狗となるつもりはない。ルシャードもそんなアルマの気風は分かっていよう。少なくとも結婚相手に帝国の権威を笠に着て専横に振舞うような男を選びはしないとアルマは確信していた。さりとて己の婿となる男に期待をしている訳でもなかったが。
「シグナス殿は聡明にして思慮深いと帝国でも評判のお方。きっと陛下もお気に召すかと」
「お前のセンスは信用ならん。あれは我の十歳の誕生日だったか、お前が『きっと殿下のお気に召すかと』と言って小難しい帝王学の本を贈って来たのを今でも覚えておるぞ。あれと比べればこの間レオンがよこした虫の抜け殻の方がまだマシだ」
「待ってください。レオン、あなたという人はいったい陛下に何をよこしているのですか?」
「何って虫の抜け殻だ。陛下の話を聞いていなかったのか?」
静かな口調でそう淡々と答えたのは近衛騎士団長を務めるレオン──王国随一の剣士として名を馳せる男であり、そのあまりに率直な物言いと面倒な事務処理は全て宰相ルシャードに丸投げする仕事振りから王国軍随一の問題児としても名高い男である。
「私が言いたいのは陛下に虫の抜け殻などというゴミを送りつけるのはやめろということです」
「だが陛下が言うには、お前が贈った本はそのゴミ以下だそうだ。人のことを注意する前に己の行いを悔い改めた方がいいんじゃないか?」
こんな言葉遣いでありながら相手を煽る気など一切なく、ただ己の思うがままを口にしているだけなのだから恐ろしい。
丁度その時三人の行く手にシグナスの待つ控えの間が見えてきたため、アルマは臣下達の口論を止めるべく片手をかざした。途端、回廊には静寂が戻りただ足音だけが木霊する。本音を言えば己が花婿に会うよりこの二人と他愛のない話に興じていたかったのだが仕方あるまい。
アルマは一応の礼儀として部屋の扉をノックし、返事も聞かぬままドアノブをひねり──そして言葉を失った。
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