忘却の英雄譚
森野 葉七
忘却の英雄譚
長年の旅路の果て、勇者はついに魔王城へと辿り着いた。
魔王城は勇者を待ち構えるように高くそびえ立っていて、紫色の禍々しい空を鋭く貫いていた。
勇者は魔王との闘いへの緊張していたが、ようやく旅の終わりを感じて安堵感もあった。
勇者はこれまでの鍛錬によって身体はどんな攻撃すらも歯が立たないような力を手に入れており、門番や道中の敵は一撃でなぎ倒していった。
魔王の待つ最上階へ勇者はついに到着する。
魔王は豪華な椅子に深々と腰かけて勇者を迎える。
魔王はここまで来た勇者を褒め称えるかのような口ぶりでゆっくりと話しかけてきた。
どこか余裕そうな魔王の態度に勇者は焦りと苛立ちをおぼえた。
勇者と魔王が剣を抜き、ついに最後の闘いが始まった。
お互いの剣がぶつかり合い、金属の擦れる音が鳴り響いた。
魔王の剣が勇者の剣によって弾かれると、すかさず勇者は魔王へ渾身の一撃を入れる。
魔王は修復不可能なほどの大怪我を負い、この闘いは勇者の勝利で幕を閉じる…はずだった。
勇者は勝利を確信して魔王に背を向けた時、勇者の身体に電撃が走った。
勇者はその場に倒れ、気絶してしまう。
「オレを倒してタダで帰れると思ったか?一生呪いで苦しむがいい!」
魔王の身体はやがて崩れ、砂となって風にどこかへ運ばれていった。
しばらくして勇者は目を覚ますが、意識は朦朧としており、ここで何をしていたのか、自分は何者なのか、その記憶すらも明確ではなかった。
勇者の記憶は魔王の呪いによって封印されてしまったのだ。
勇者は訳も分からず魔王城内をさまよい歩く。
もちろん間取りなんてのは覚えていない。
そもそもどこへ向かえばいいのかも分かっていない。
それどころかここが魔王城だということもまだ理解していなかった。
魔王城内にはまだ魔王軍の残党が残っている。
先程までなら一撃でなぎ倒していったのだが、勇者は戦い方も忘れている。
モンスターの群れに手も足も出ずに殴られながら、なぜモンスターは自分を襲うのか、その理由すら理解できない。
かつて英雄だった勇者は今はただのサンドバックと成り果てていた。
鎧を脱がされ、高価なものを剥ぎ取られ、身体を傷だらけにされてようやく解放された。
幸いなことに身体は鍛えられて頑丈だった。
勇者が魔王城に乗り込んでから1週間が経った。
丈夫な身体も流石に限界が近く、全身から悲鳴が上がっている。
モンスターの攻撃を受けながら必死に歩き続けると、ついに出口を発見した。
勇者は魔王城を後にした。
魔王城を脱出したのはいいものの、どこへどうすればいいのか分からない。
勇者はぼーっとする意識の中、ひたすらにまっすぐ進むと、運命に導かれるかのように街へ辿り着いた。
その街は勇者が生まれ育ち、旅立った故郷の街だった。
勇者を発見した幼馴染の少女は明るいノリで茶化すように話しかけた。
「よう!久しぶりだなー!魔王倒したとかホントかよー!ん?なんか元気ないな?疲れてるのか?」
「…あなたは…誰?」
「え…。」
少女とは子供の頃からいつも一緒に遊び、旅から帰ってきたら婚約を結ぶ約束もしていたのにも関わらず、勇者の記憶からは抜け落ちてしまっていた。
少女はひどくショックを受けてどこかへ走っていってしまった。
地面に彼女の涙が染み込んでいく。
勇者は少女の様子に良心が傷んだが、どうしても思い出せず、追いかけることは出来なかった。
これ以上街に長居すれば彼女をさらに傷つけてしまうと思い、勇者は街を後にした。
勇者が街へたどり着くことはもうなかった。
勇者は草原を越え、遠くの荒地まで、何かがあると信じて歩き続けた。
勇者は舗装された道を発見し、道なりに歩を進めるが、ついに平らな道を歩く力すらもなくなった。
やがて完全に足が止まり、勇者は街路樹にもたれかかるように倒れ込み、旅の疲れと共に眠りについた。
道の上だったので勇者は早い段階で通行人に発見された。
通行人は魔法使いで、勇者の体に謎の力を感じ取り、魔王に呪いをかけられていたことを発見した。
幼馴染の少女にもその連絡は伝わり、少女は勇者の元へ駆けつけた。
少女はすっかり冷たくなった勇者の手を握り、泣きながら街での対応を後悔した。
「ごめんなさい…。私、呪いなんて知らなくて…。」
その傍らで勇者がかつて魔王討伐へ向かう途中、手伝いで植えた一本の街路樹は今でも立派に葉を茂らせ、彼女を庇うかのように木陰をつくっていた。
忘却の英雄譚 森野 葉七 @morinobanana
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