第4話 秘密基地

「ここが学園トラブル対策室、学園パトロール隊の秘密基地です!」

「うむ、ただの教室だな」

「はい。どの教室にするかは、朝に学園長と決めましたから。それから、勢いで言っただけで、秘密ではないですよ」

「分かってるさ。素晴らしい秘密基地だ」


 俺たちは案の定、なんの成果も得られなかった。


 どこかに寄ることもなく、突然現れた猫にルリアンが「猫ちゃんだ。可愛い〜」と絡みに行き、ラビッツまで「可愛いわね」と猫を猫可愛がりしていた。


 明るいオレンジブラウンの地に茶色の縞模様が入った、茶トラ猫だ。ゲームでもルリアンのお友達として、たまーに姿を見せる気ままな存在だった。


 ルリアンが友達を欲しがっていることは、ラビッツも知っているはずだ。やや遠慮がちではあったが、笑顔で彼女と会話していた。この世界では、ルリアンにみみっちい嫌がらせをすることはないのかもしれない。


 嫌がらせといっても、リアルな虫の人形を彼女の鞄の中に忍ばせたり、危ない目に遭っているところを助けたうえでバカにするといった具合だった。リュークとすぐに仲よくなったルリアンに、文句をつけたいだけだった。リュークにたしなめられ、謝罪もかねて入隊する。


 ……まぁ、ルリアン自身は嫌がらせをされているという認識はなく「イタズラが大好きで、危ない時は助けてくれるし注意もしてくれる優しくてお茶目な人」だと思ってはいたが。


 ここで嫌がらせすらしないとなれば、もしかしたら「悪役令嬢」という異名はつかないのかもしれない。


 うん、俺だけが知る悪役令嬢になるのかもしれないな! それもいい響きだ。


 でもな……ゲームでは、リュークが選択肢で「もしかして、ルリアンに嫌がらせをしていたのは……」を選ぶとラビッツルートに突入する。何もしなくてリュークと上手くいくのか? 無理なんじゃないか?


 うーん。上手くいかなくて落ち込むラビッツを慰めて、俺に気持ちを向かせる作戦にするか。


「リュークさんたちはまだのようですね」

「そうだね。たぶんメンバーを集めてくると思うよ」

「うう……すみません、私が猫ちゃんに夢中になったばっかりに」

「いやいや、猫に夢中な二人を見られて眼福だったよ」

「ほえ?」


 ――スパーン!


 ……またラビッツに頭を扇子ではたかれた。


「いてーよ!」

「どうしてあんたはそんなにバカ王子なのよ」

「思ったことがつい口に出るんだよ!」

「はぁ……」


 は! ラビッツとの未来のためには他の子に気があると思われたら駄目だな!

 

「猫にはぁはぁしている可愛いラビッツが見られて最高だったぜ! 俺も猫になってラビッツに可愛がられたいね」

「言い方ぁ!」


 ――スパーン!


 叩きすぎだっつの!


「ふふっ、お二人とも本当に仲よしさんなんですね」


 そんな羨ましそうな顔をして……。友達をずっと求めていたんだもんな。


「ルリアン嬢とも、もう仲よし気分だぜ? マブ友マブ友!」

「あ、ありがとうございます」

「あんたは調子のりすぎ。私だってその、友達になったと思っているわ」

「えへへ、嬉しいです」


 ……仲よくなってるな。やはりこの世界では俺だけが知る悪役令嬢になるのか、ラビッツ。


「おー、待たせたか」


 ギィ、と扉を開いてリュークたちが入ってきた。この校舎だけは古臭く、音が鳴る扉が多い。普段は使われてすらいない。旧校舎で、なぜか取り壊されずにここにある。近くにある塔も同様だ。ここ以外の校舎は全て「王宮か!」と言いたくなるくらいに立派なのに。


 ゲームのお陰で理由は知っているけどな。このゲームが泣きゲーと言われるゆえんだ。


 泣きゲーだからこそ、冬が近づくと……。


 いや、今は考えるのはよそう。


「あ。もしかして、メンバーさんを連れてきてくれたんですか?」

「おお。やっぱりニコラたちも入ったか」

「はい、即決でした!」


 あれ、ラビッツが入ったことになってるな。まぁいっか。

 

「やっぱりな。じゃ、早速だけど紹介する」


 リュークが連れてきたのは二人の女の子。一人は紺色の髪をポニーテールにしている。瞳は藍色で、人形のように表情をあまり変えない彼女の名は――、


「まずは、ベルジェ・クリストフ。ぼーっとしていたから連れてきた」

「リュークさん、誘拐は駄目ですよ〜」

「大丈夫。聞いてる。パトロール隊に入る」


 ベル子、ゲーム通りにやや片言だな。


 ちなみにゲームのオープニングのキャラ紹介にも使われていた彼女の印象的な台詞は「あなたは、やさしい人ですか」だ。負の感情を強く抱くと雪を降らせてしまう能力があるゆえの、初対面の時の台詞だ。


 もうリュークは聞いてきたのだろう。俺たちと一緒に過ごしながら感情のコントロールを身につけようとかどうとかこうとかリュークに唆されてここにいる。

 

「ってわけで、誘拐じゃねーよ。ベル子って呼んでやってくれ」

「あだ名ですか! いいですね、えっと、ベル子さんっ」

「はい、ベル子です。あなたは……?」

「ルリアン・ウィービングです。ルリルリって呼んでもいいですよ」

「ルリルリ……」

「やったぁ! あだ名で呼んでくれるお友達ができました」

「ルリルリ……」

「やったぁ!」


 ああ……ゲームと同じだ。見ていると、ほんわかする。


 ベル子はその厄介な性質のせいで、遠い親戚のいるジャパリス国にずっと住んでいた。ベル子の「子」はそっちの名前でよく使われる。入学を機に両親のいるこの国に戻ってきて、言語もあらためて勉強中だ。


 そして、ジャパリス国の言葉は日本語だ。俺は転生と同時に二カ国語を操れるようになっている。つくづくニコラの記憶を持っていて助かった。


「で、こちらがオリヴィア・キャンベル嬢。ニコラもよく知る公爵令嬢だ」

「ごきげんよう。お久しぶりですわ、ニコラ様」

「……ああ、久しぶり」


 苦手なんだよな……オリヴィア。同い年で公爵令嬢だから、会う機会は何度もあった。苦手だと幼い頃に親に言って、ラビッツたちのように遊んだりする機会はほとんどなかった。


 ただ、悪い子ではない。


 金髪で青緑の瞳。髪は下の方だけ縦巻きロールでゴージャスな印象だ。


「私はあまりこちらには参加しませんわ。私の助けが必要な時はいつでも言ってくださいませ。お力になりますわ」

「あのっ、オリヴィア様。ルリアン・ウィービングです。参加していただいて、嬉しいです。これからよろしくお願いします!」

「ええ。ルリルリさんね」

「は、はい!」

「ふふっ、よろしくね」

「はい!」


 そして、オリヴィアとラビッツが視線を交わし――。


「お元気そうでなによりね。ニコラ様と仲よくしているそうじゃない」


 オリヴィアには取り巻きか何人もいるし、情報も入りやすい。俺とラビッツが一緒に昼食を食べていたのも、耳に入っているのだろう。


「それほどでもないわ」

「とてもよくお似合いよ」

「……っ」


 品のないラビッツにはバカ王子がお似合いね、と暗に言ってるんだよな。


 本当はそんな関係に憧れを持っていて、オリヴィアルートに入ると可愛くデレるものの……ルートに入らなければパット見、鼻持ちならない女だ。正直、デレると可愛いと分かってはいても苦手だ。


 が、さすがにここは俺が和ませないと。


 心の中で深呼吸してから会話に混ざる。


「まぁまぁまぁまぁ。オリヴィア嬢が入隊してくれるなんて心強いなぁ〜! 頼りたい時は頼っちゃうからよろしくな。堅苦しいことは抜きにして、同じ隊員として仲よくやろーな」

「……そうね。では、もう私は行くわ」

「はわわ、もう行ってしまうのですか」

「馴れ合うつもりはないの。でも、学園の秩序の維持はとても大切だわ。必要な時はいつでも頼ってちょうだい。ではね、ルリルリさんも頑張って」

「はい! ありがとうございます」


 優雅に微笑んで、オリヴィアが立ち去ろうとするも――、


「ちょおっと待ったぁ!」


 ――ギィィィィ!


 掛け声と扉の軋みと共に、一人の大人の男性が現れた。シルクハットをかぶりマントをつけた赤と黒の手品師みたいな格好の先生だ。黒銀の鎖に結ばれたゴツいネックレスがぶら下がっている。


 この世界、建物や名前はいかにもなナーロッパではあるものの、魔法を使ったお手軽な発電システムもあって電気も存在する。服もナーロッパ風なのに異国の文化も入り込んでいて、さまざまだ。かなり前世に近い。


 そして、この茶髪で茶色い瞳の顔だけは地味な先生が、学園パトロール隊の顧問だ。


「だ、誰よあなた。それにヘンテコな格好ね」

「学園パトロール隊の顧問だ。時代の最先端を走るナイスな服だろう?」

 

 お助けキャラでもあるんだよな。


「あなたの顔は存じ上げておりませんわ。名前を名乗っていただけるかしら」

「顧問だ。名前は秘匿されている。学園長に聞いてみるといい。隠された存在、超スーパースペシャルミラクル顧問様を知っているか、と。奴は言うだろう。ついに出会ってしまったか……と!」

「……そう。もう行くわね」

「待てい! まだ学園パトロール隊結成の宣言をしていないだろう。今すぐルリルリよ、宣言するといい」

「え、あ、はい、えっと……あ! まだラビッツさんが入っていないんでした!」


 やっと思い出したか、ルリアンよ。

 そして、どうして皆ラビッツを見たあとに俺を見るんだ……。ゲームでは、この場にラビッツはいない。


 ど、どうする。

 何を言えばいいんだ。


「ラビッツもいずれ入隊する。リュークからの説得待ちだ」


 って、言ってよかったのか!?

 分からないぞ!


 リュークが彼女を見つめて――、


「そうなのか、ラビッツ。昔みたいに学園でも仲よくやりたい。入ってくれないか」

「……分かった、入るわよ」

「どえぇぇぇぇ!?」


 は!

 大声をあげてしまった!


「あんた、入ってほしかったんでしょう。なんで驚いているのよ」

「え……いや……」


 だってお前、さっき断ったじゃないか。度重なるリュークからの説得で入るはずなのに、いいのか!? まだ一回目だったし軽かったぞ?


「さすがですね! さっきのニコラさんの予言通り、リュークさんの言葉にあっという間でした。やはり王子様は全てお見通しなんですね!」

「あ、いや……」


 やばいぞ。このままでは予言キャラになってしまう。調子に乗りすぎた。


 リュークがポンっとラビッツの肩を軽く叩いた。


「ラビッツ、そういえばお前は昔から義理堅かったな。俺の合意を待ってたってことか。待たせて悪かったな」

「別に……そういうんじゃないけど……」


 あーもう、照れてるじゃないか。人の婚約者にボディタッチするなよ。


 顧問が満足そうに頷いた。

 

「よぉし、これで全員揃ったな。じゃ、あらためてルリルリよ、挨拶を頼む!」


 お前、何者だよ……という視線を浴びても、自信満々にガッハッハと笑っているこの先生は、旧校舎の地縛霊みたいなものだ。学園内なら自由に歩けるし姿も見える。


 実際に会ったらそういう意味で怖いかと思ったけど、怖くないな。不思議と存在が周囲に溶け込んでいる。


「は、はい。ラビッツさんもありがとうございます」


 顧問がクラッカーを全員に渡している。俺も手渡された。どこから出したんだよと言いたいが、学園長に手配してもらったんだろう。


「えっと、学園内で起こる魔法に関するちょっとしたトラブルは、生徒の目だからこそ気づけることもある、と学園長先生に言われまして、『学園パトロール隊』を結成することにしました。名称は好きにしていいと言われたので、私が勝手に決めちゃいました」


 昨年までは学園警備隊だったんだよな。


「頼りない隊長かもしれませんが、皆さんよろしくお願いします。本日より――、」


 ルリアンがあらためて全員を見回した。


「ここにいるメンバー六人と顧問の先生で、学園パトロール隊、結成です!」


 ――パーン!


 俺とリュークがすぐにクラッカーを鳴らすと、他のメンバーも続いてパンパンとカラフルなテープを勢いよく飛ばした。そのへんの机にひょいと置いて、全員で拍手をした。


「はっはぁ! 青春だなー! 若いっていいなー!」


 顧問が一番はしゃいでるんじゃないか? おかしいな、ゲームではここまではしゃいではいなかった気がするんだが……。さすがに脇役の顧問の台詞までは、あまり覚えていない。


「じゃ、年食ったじじいの俺は退散するぜ。顧問カマーンっと呼んでくれればいつでも参上するからな。さらばだ!」


 腕をあげて、シュバッとすごい速さで顧問がいなくなった。


「ルリルリ……あの人、本当に顧問なの」


 ベル子が不安そうだ。


「は、はい。一応。学園長先生から話は聞いています」

「そう」


 俺とラビッツは視線を交わすだけだ。何者か知っているだけにな……。


「学園長には私からも直接聞いてみるわ。それでは、ごきげんよう。私はもう行くわ」


 オリヴィア……。

 やっぱり一言謝っておきたいな。


「悪い、皆はここで仲を深めていてくれ。俺はちょっと、オリヴィア嬢に話がある」


 俺を一瞥した彼女と、一緒に廊下へ出た。



 

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