“あなた”と変なお姉さん

くもふと

あなたに伝える言葉

「……おや」


 柱の後ろからひょこっと顔を出したお姉さんは、こちらを見て言う。


「見ない顔だね。そして……やけに暗い顔をしてる」


 その先に誰がいる訳でもない。


「いやいや待って待って。いるでしょうがよ。そこに」


 お姉さんはそう言いながらこちらを指差した。


「……で?何事よ。お姉さんに言ってみ?」


 また誰もいない場所に向かって、今度は寄り添うように話し始める。


「だーかーら、そこにいるでしょうって。今話聞いてるんだから邪魔しないの。……で。ごめんね遮っちゃって。……そっか。大変だったね、それは」


 手をぶらぶらと揺らしながら、お姉さんは言う。


「うーん、と……ほら、私は今ここで話してるだけの一人のキャラクターに過ぎないじゃない?だからそんな踏み込んだことは言えないんだけど……」


 びしっ、と強くこちらを指さして。


「まずは、そんな暗い顔しないこと。どんな事でも表情に出してたら引っ張られちゃうんだし」


 お姉さんは自分の口角を指でぐいっと引っ張って見せた。


「こんなんでいいから。それだけで結構効果あるんだよー?」


 そして、またあなたの目を見てお姉さんは言う。


「あとは……なんだろ。そうだ、『言葉に出すこと』。まあ、いつでもなんでも言っていい訳じゃないけど」


 少し考えるような仕草をして。


「例えば……今自分が気になるあの子のことを、ほんとに好きなのか分からなくなっちゃう時とか。他にも、今過ごしてるのが楽しくないような気がしちゃった時とか」


 てくてくとそこら中を歩きながら、お姉さんは続ける。


「『私はあの子のことが好きじゃない』だとか……『もう楽しくない』だとか。そういうふうに『言葉にすること』ってのは、良くも悪くもそれを現実のものとして定着させちゃう、って私は思うんだ」


 あなたの方を今一度見ながら。


「……まあ今あなたは聞いてるだけ、だけど。後で一回やってみな。あ、でも言うのは『プラスなこと』にすること。良くも悪くもって言ったでしょう?」


 ひとしきり空間に向かって喋った後に、お姉さんは言う。


「……うん、もういいよ。君からそう見えるんならもうそれでいい。でもね。確かに私はこのお話の登場人物の一人でしかないんだけど……それでも私は、“あなた”に伝えたいんだ。このお話を聞いてくれて……いや、読んでくれてるあなたに。励まし……じゃないかもだけどね」


 確かにいるという“あなた”に向かって、続ける。


「大丈夫。もし不安になったらまたおいで……あー、そうしたらさっき『見ない顔』って言ったのは失敗だったかな……君、修正できない?」


 そんな風にまた別のところを見つめながらお姉さんは言う。綴るだけの私に、何を求めているのだろう。


「……改めて、だけど。大丈夫。今の私はあなたの味方。もしまた変に思いつめることがあったら……またこの“作品”においで。それじゃあ……」


 柱の後ろへとお姉さんは歩いていく。


「またね」

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“あなた”と変なお姉さん くもふと @kumo_huto

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