第33話 リヴェラ公爵軍10000人 VS マークス
一万人対一人の戦い
――霧が晴れた翌朝、荒野の彼方に黒き城塞が見えた。
重く沈む雲を背負い、黒鉄の塔が幾重にも突き立つ――それが、反逆の主・リヴェラ公爵の居城である。
セザンヌ王子の軍勢は、その前に陣を張っていた。
彼のもとには、各地の貴族たちが次々と集まり、ついに兵数五千に達していた。
バルト隊長率いる国境警備兵、北方のカーニス伯爵軍、東からはランティス侯の騎馬隊――皆が「正統なる王子」の旗の下に集ったのだ。
だが、その希望はすぐに圧迫される。
リヴェラ城の前方、漆黒の平原に――赤い軍旗が無数に翻った。
敵の兵力は一万。
鎧の波が地平を埋め尽くし、鉄の匂いと殺気が風に乗る。
セザンヌ王子は馬上で息を呑んだ。
「一万……まさか、これほどの兵を動かすとは……!」
アシスタが険しい顔で言う。
「七剣士のうち、二人が公爵軍側にいます。セブンケ卿と、剣鬼ロゼム。それに、七 魔術師の“雷帝”シチマジも。殿下、この数では――」
「……わかっている。」
セザンヌは唇を噛む。
彼の拳は震えていた。王国を取り戻す道が、ここで断たれるのか。
そのとき――
天幕の入口が開き、軽やかな声が響いた。
「なに難しい顔してるの? そんなの、考えるまでもないじゃない」
全員の視線が集まる。
そこに立っていたのは、白銀の髪を風になびかせたセーラー服を着たエルフの少女――フリーメルだった。
「フリーメル様……?」
セザンヌが戸惑う。
「まさか、これを“戦わずに”乗り切る方法があるとでも?」
「戦うわよ?」
フリーメルはあっけらかんと笑った。
「でも、五千も一万も関係ないわ。――マークスがいるんだから」
「……え?」
アシスタが固まる。
「ま、マークス殿が……?」
マークスは隅で静かに腰を上げた。
「いや、ちょっと待ってくれフリーメル。さすがにあの数は、少し……いや、だいぶ多いと思うんだが」
「マークス、一人で十分よ」
フリーメルはさらりと言い切った。
「さあ、マークス、リヴェラ公爵軍の総大将――アルメロを捕らえてきてちょうだい」
「――なッ!?」
天幕の中がどよめく。
セザンヌが慌てて立ち上がった。
「フリーメル殿、正気か!? あの中には七剣士と七魔術師がいる! 一人で突っ込めば確実に――!」
「無理です!」
アシスタが続く。
「兵力差どころか、相手は国家戦力級ですよ!?」
「ふふっ」
フリーメルは軽く指を立てて言った。
「“通勤ラッシュ”だけじゃ無理よね、マークス?」
マークスが苦笑した。
「……まあ、正直きついな」
「なら、“新幹線通勤”を解放していいわよ」
「――!」
天幕の空気が一瞬で変わった。
アシスタもセザンヌも、周囲の貴族たちもぽかんと口を開ける。
「し、新幹線……通勤……!? な、なんですそれは!?」
フリーメルは胸を張る。
「伝説の勇者アーサーが使った最速の移動技。マークスはその継承者なの。彼の“通勤”はもう人の速さじゃないわ」
マークスは溜息をつきつつ、剣を腰に差し直した。
「……ギリギリだが、やってみるか」
セザンヌが慌てて止めようとする。
「ま、待て! 一人で突撃など――!」
しかしフリーメルが王子の前に立ちはだかった。
「殿下。あなたがこの国を変えるなら、まず“信じる勇気”を見せて。今は彼に任せるときよ」
セザンヌは唇を噛んだまま、やがて静かに頷いた。
「……分かった。マークス、頼む」
マークスは微笑む。
「了解しました。――行ってきます」
リヴェラ公爵軍陣地。
万の軍旗が翻り、戦鼓が轟く。
その中央、黒馬にまたがる将がいた。
全身を黒鎧に包み、顔には紅の仮面。
リヴェラ軍副将――アルメロ将軍。
かつて「戦鬼」と恐れられた男だ。
「敵は五千。こちらは二倍の兵力。王子軍など押し潰せばいい。突撃の号令を――」
その言葉が終わるより早く、風が鳴った。
一瞬、何かが通り抜けたような音。
次の瞬間、十の兵が吹き飛び、血煙が舞った。
「な、なに!?」
アルメロが叫ぶ。
視界の端に、銀の閃光。
それは地を裂く風。
瞬く間に三百の兵がなぎ倒される。
「――《スキル:新幹線通勤》、発動」
風圧が轟き、地面が波打った。
マークスが放つスピードの衝撃で、旗が裂け、鎧が砕ける。
視界に映るものすべてが線となり、光となる。
彼は駆けた。
一瞬で敵の中央突破。
剣が閃くたび、敵兵が吹き飛び、砲台が爆ぜる。
「ば、化け物か!?」
「見えねえ! どこだ!?」
アルメロは慌てて号令をかける。
「魔術師部隊、結界を張れ! 急げ――!」
だが、その声も届かない。
マークスは既に彼の背後にいた。
「――おはようございます。通勤途中で寄らせてもらいました」
「なっ……!?」
アルメロの瞳が見開かれた瞬間、
刃が閃き、彼の剣が空中で砕け散った。
次の瞬間、アルメロは地に膝をついていた。
その首筋には、冷たい刃が触れている。
「業務完了。……では、上司のところまで送りますね。」
一陣の風とともに、マークスの姿が消えた。
わずか十秒後――
王子軍の陣地に、彼は戻ってきていた。
その背中には、ぐったりとしたアルメロ将軍を抱えて。
「――ただいま戻りました」
沈黙。
それはわずか数秒だった。
だが、次の瞬間、陣全体が爆発したようにどよめいた。
「う、うそだろ……!」
「一万の軍を突破して、敵将を捕縛して連れ帰った!?」
「ま、まさに……勇者だ……!」
セザンヌが震える声で言った。
「こ、これが……新幹線通勤……!」
アシスタは目を見開き、声を失っていた。
「こ、これが人間の動きなのか……?」
フリーメルはにこやかに拍手した。
「ほらね? 言ったでしょ。“十分”だって。」
アンジェリーナが誇らしげに微笑む。
「マークス様なら当然ですわ。ねえ、メアリー」
「ええ。さすが“通勤ラッシュ”の最強技、新幹線通勤のなせる業ですね」
マークスは軽く右肩をぐるぐると回しながら言った。
「まあ、これくらいじゃ“新幹線通勤”も慣らし運転ってところかな」
フリーメルが笑う。
「ふふ、それは頼もしいわね。王都での戦いに期待するからね」
マークスは剣を納め、空を見上げた。
灰色だった雲の隙間から、光が差し込んでくる。
その光に照らされ、王子軍の旗がはためいた。
やがて、前線のリヴェラ公爵兵たちが剣を捨て、次々と膝をついた。
「もう戦えん……!」
「降伏する! 我ら、セザンヌ殿下に忠誠を誓う!」
怒涛のような歓声が起こる。
「勝ったぞ! 殿下万歳!」
「勇者マークス万歳だ!」
セザンヌは目を見開いたまま、マークスの前に進み出た。
「マークス殿……あなたは……我が国の英雄だ。いや――真の勇者だ!」
マークスは少しだけ照れたように笑った。
「……通勤の成果を見せられたなら、何よりです」
「成果どころか……国が救われた!」
アシスタが涙ぐみながら言う。
「本当に……あなたがいてくれてよかった……!」
フリーメルがその隣で、そっと囁いた。
「これで王都へまっすぐ行けるわね。公爵領の門は、もう閉じられない」
セザンヌは頷き、拳を握った。
「そうだ……ここからが本当の戦いだ。王を奪還し、腐った玉座を正す」
フリーメルが笑う。
「ええ。――次の“通勤先”は、王都よ」
そして彼らの背後で、五千の兵が雄叫びを上げた。
マークスが立つその場所は、光に包まれ、
まるで伝説の勇者が再び現れたようだった。
風が吹く。
フリーメルの銀髪が靡き、彼女は微笑む。
「ね、マークス。あなたは――この世界一の速い男よ」
マークスは少し苦笑しながら答える。
「……ありがとう、フリーメル。このまま王都を奪還しよう」
そう呟いて、再び剣を抜いた。
その刃先に、王都の光が反射して輝いた。
――彼らの反撃の旅は、まだ終わらない。
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