第32話 王都への最短路 マークスVSリヴェラ公爵軍

霧の森 ―― 王都への最短路


 関所を抜けた一行は、丘を越えて小高い台地に馬車を止めた。

 霧は晴れ、遠くにはリヴェラ公爵領の黒い森と、王都へと続く山道がうっすらと見える。


 冷たい風が吹き抜け、乾いた草を鳴らした。


 セザンヌは地図を広げ、眉を寄せた。

「次の目的地はここだ。リヴェラ公爵領……奴の本拠地を通らねば、最短で王都にはたどり着けない」


 アシスタが即座に反論した。

「ですが、殿下。あの地は公爵家が待ち構えています。村も街道も監視が厳しく、通行証がなければ一歩も動けません。北回りの山道を抜ければ、まだ安全です」


 フリーメルは、彼らの地図を覗き込みながら静かに言った。

「北回り? それでは十日はかかるわね」


「ええ。しかし命には代えられません。殿下のお身を第一に――」


「駄目よ」


 フリーメルはぴしゃりと言い切った。

 その声には、冷たくも確固たる意志があった。


「王都を奪回するなら、攻撃は迅速でなくてはならないわ。時間をかければ、それだけ包囲が強まるわ。なら、堂々と正面から行くしかないわ」


 セザンヌが驚いて彼女を見た。

「正面から……? リヴェラ公爵領を、まっすぐ通り抜けるつもりなのですか?」


「ええ。最短距離で、王都へ」


 アシスタが青ざめた。

「無茶です! 正面は敵の心臓部ですよ!? 公爵の軍は三万。通り抜ける前に包囲されます!」


 フリーメルは腕を組み、微笑した。

「包囲される前に抜ければいいじゃない。ねえ、マークス?」


 マークスは苦笑しながら、馬車の後ろで剣の手入れをしていた。

「まあ……フリーメルの言う通りだな。速さで行きますか!」


「速さだけでどうにかなる問題ではありません!」

 アシスタが怒鳴る。

「リヴェラ公爵領には、“七剣士”の一人セブンケ、そして“七魔術師”の一人シチマジがいるのです!」


 その名に、セザンヌの表情が引き締まる。

「確かに……二人とも王国最強の実戦派だ。私が幼少の頃、父上の護衛をしていたのを見たことがある。あの二人が出てきたら……」


 しかし、フリーメルはわずかに笑みを浮かべた。

 その瞳は、まるで何かを見透かすように鋭かった。


「大丈夫よ。セブンケやシチマジが出てくるなら、むしろ好都合。ねえ、マークス。あなたの力を、この国に知らしめるチャンスじゃない?」


 マークスは軽く息をつき、剣を鞘に収める。

「……そういう流れ、嫌いじゃないな」


「ふざけてるのですか!?」

 アシスタが顔を真っ赤にした。

「兵力差は歴然としています。いくらあなたでも、彼らの強さならば、手も足も出ません!」


 アンジェリーナがくすりと笑う。

「アシスタさん。前回の関所の百人もマークス様にはまったくかないませんでしたわ」


「そ、それは……!」


 フリーメルは真っすぐ王都の方向を指さした。

「わたしたちは時間がないの。王都では、ルノワール王子が新しい王を名乗ろうとしている。遅れれば、すべてが終わるわ。ならば――最短で行くしかないわ」


 セザンヌはしばし黙り、やがて静かに息を吐いた。

「……わかった。フリーメル様の言葉を信じよう。行こう、リヴェラ公爵領へ」


 アシスタが慌てて止めようとするが、セザンヌはそれを手で制した。

「私は王家の血を継ぐ者だ。恐れてばかりでは、父の名を汚す」


 マークスが馬車の御者台に乗り、手綱を取る。

「では出発と行きましょう。目的地――リヴェラ公爵家関所」


 フリーメルが頷き、馬車は再び走り出した。


 灰色の空の下、彼らの影が長く伸びてゆく。


 * * *


 三日後。リヴェラ公爵領・北西の関所。


 山肌に沿うように築かれた巨大な砦。

 その上には公爵の旗――黒い鷲の紋章が、冷たい風に揺れていた。


 関所前には、鋼の鎧に身を包んだ兵士が整列している。

 その数、三百。


 先頭に立つのは、髭面の巨漢――ガードラ隊長。

 筋骨隆々の体に巨大な戦斧を背負い、口元には凶悪な笑みを浮かべていた。


「おうおう、やっと来やがったな、亡命王子さまよ!」


 彼の声が轟く。

「お前らを捕らえて、公爵様への手土産にしてやる! 喜べ! お前らの首は金貨千枚の価値がある!」


 セザンヌが一歩前に出た。

「ガードラ隊長! 私を捕らえる前に聞け! 私は王家の正統なる血筋だ。今すぐ武器を捨て、降伏するなら命は保証する!」


 だがガードラは、腹を抱えて大笑いした。

「はっはっは! 何を寝言を! 公爵様が玉座を取られた今、貴様の“血筋”なんぞ腐ったワインの底の澱に過ぎんわ!」


 背後の兵士たちも笑い声を上げる。


「こ、これはさすがに……」

 セザンヌが苦笑した。

「三百人ぐらいいるのではないか、敵が多すぎる。アシスタ、撤退を――」


「殿下、同感です! いくらなんでもこの数は無理です! もはや戦いではなく虐殺――」


 しかし、フリーメルが首を横に振った。

「違うわ。“朝の準備運動”にはちょうどいいくらいだわね」


 アンジェリーナとメアリーも頷く。

「ええ。これくらいならマークス様お一人で十分です」

「そうそう。人数は問題じゃないの。速さの問題よ」


「な、何を言っているんだ君たちは!?」

 セザンヌが叫ぶ。

「三百だぞ!? 三百対一だぞ!?」


 マークスがゆっくり立ち上がり、コートの襟を整えた。

「殿下、ご安心を。これくらいの敵なら、まだ急行を使う必要もありません。“各駅停車”で十分です」


「か、各駅停車……?」


 フリーメルが軽く笑った。

「本気を出せば、“新幹線通勤”になるらしいわ」


 マークスは静かに剣を抜いた。

 風がざわめき、草が倒れる。


「――スキル、《通勤ラッシュ》」


 音が消えた。


 ガードラの笑い声が止まる前に、マークスの姿が掻き消える。

 次の瞬間、前列の兵士が一斉に弾き飛ばされた。


「な、なにっ!?」

「見えねぇ……! 何だあの動き――!?」


 剣閃が三度、四度と走る。

 マークスの影が十に分かれ、敵の陣を貫く。


 斬撃が光の帯となり、斧が、槍が、次々と地に落ちる。


「《通勤ラッシュ》大サービスで二段目――“急行運転”も見せてやる」


 さらに加速。

 砂塵が爆ぜる、空気が裂ける。


 兵士の列が吹き飛び、ガードラの前に風が収束する。

 そこに立つのは――マークス、ただ一人。


「お、お前……何者だ……!」


 ガードラの声が震える。


「ただの会社員です。少し朝が早いだけの遠方通勤者です」


 剣が閃く。

 戦斧が二つに折れ、ガードラの体が地に膝をついた。


「最後におまけでこれも見せてやるぜ、第三段階――“快速直通”」


 マークスはさらにスピードが上がる。衝撃波が走り、残る兵士たちが一斉に吹き飛んだ。

 金属の音、呻き声、そして――静寂。


 戦闘時間、わずか一分。


 マークスは剣を納め、軽く息をついた。

「これぐらいの相手では……“新幹線通勤”の出番はありませんね」


 フリーメルが笑って拍手を送る。

「お疲れさま。今日も無事に到着できたわね」


 アンジェリーナが感嘆の声を漏らす。

「さすがですわ、マークス様……」


 メアリーも目を輝かせた。

「ほんと、速すぎて何が起きたか分からなかった……」


 セザンヌは呆然とその場に立ち尽くした。

「ま、まさか……これほどとは……」


 アシスタが感極まったように叫ぶ。

「ま、マークス殿こそ……我が国の真の勇者だ……! 伝説のアーサー様の再来だ!」


 フリーメルが静かに言葉を添えた。

「いいえ。再来なんかじゃないわ。彼自身が――新しい伝説になるのよ」


 セザンヌが深く頷く。

「この力があれば、王都奪還も夢ではない……! いや、マークス殿、あなたがいてくれれば――」


 マークスは穏やかに笑い、空を見上げた。

「行きましょう。次は――リヴェラ公爵の城です」


 関所の向こう、黒雲の下にリヴェラ城への道が見えた。

 その光の先に、彼らの運命が待っている。


 リヴェラ公爵との戦いは、いま始まったばかりだった。

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