こころのままに

@kachoepp

第1話

「あれれ〜!?海野の点数、ひっくいぞ〜!」


少し滲んだ目の前には、リーダー気取りの佐々ノの背中と、たった今返却されたぼくの算数のテスト用紙がぼやけて見えた。


「え!海ちゃんがそんなにバカなわけ…うわ!まじか!」

お調子者の藤田のニヤニヤした嫌な笑い声が耳に粘りつく。


ピ。


「やめてやれって。あ、海野泣いちゃってる?」

デブの岡の、からかう声が追い打ちをかける。


できなかった悔しさと、突きつけられた点数と、バカにされた羞恥心で、ぼくは気が遠くなるのを感じた。


ピピ


あぁ、これが目の前が真っ暗になるってことか…。

意識は遠のき、彼らの悪意がぐるりぐるりと意識を渦巻く。


ピピピ


気持ち悪い。吐きそうだ。逃げ出したい。もう嫌だ!!!



ピピピピピピピピピ


ぼやぁ〜と瞼を通して白い明かりが見えてくる。


ピピピピピピピピピ


不快感を拭いきれぬまま、やかましい白時計の上部を手探りで押す。


また見てしまった。


ぼーっとした頭で先ほどの悪夢を振り返る。


20年程前の記憶は、今もなお僕の心を捻りあげる。


…あの後から僕の地獄は始まったのだ。


車内で母に漏らした助け。

電話越しの喧騒。

教室のドアを開けた時の空気。


情景は今でも鮮明に覚えている。

心臓が固まった瞬間も。


ドドソソララソ〜♪


柔らかい馴染みの香りが漂う。

ご飯が炊けた。

つまり時刻は午前8:00。


「やばっっっ!」


思考を切り替え、慌てて朝の支度に取りかかる。

洗顔、髭剃り、歯磨き、うがい。

絡まる痰を忌々しく吐き出す。


時刻は午前8:22。

やばい。これ間に合わんやつじゃ。


いつもの仕事着を引っ張り出し、黒い鞄を引っ提げ、慌てて靴を履く。


「あぁ、もう!」

スマホを持ち忘れたことに気づき、履いた靴を脱ぎ、埃まみれのケーブルから引っこ抜く。


今日もまた、何も変わらない日々が繰り返される。

その心に一切の情熱は無い。


バタンっ!


静まり返った室内に

腹一杯の炊飯器だけが、ただ熱を帯びる。


海野コウタ、30歳。職業、会社員。


未だ過去から逃れられない。

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