第14話 吐露

「おー、おかえり。結局何の呼び出しだったんだよ」

 時刻は既に四時間目が終わりに差し掛かってる頃だった。臣がひらひらと掌を僕に振りながら尋ねてくる。

「なんか親のことで知りたいことがあるとかで話聞かれてた」

 手を振り返しもせず、臣のことを少しも見ず、自分の席の椅子を後ろに引く。これ以上聞くな、と暗に伝えたかったのだ。

「ふうん。なんかよく分かんねえけどお疲れ」

 おれの秘蔵のグミやるよ、と机の中からフルーツ味のグミのパッケージが出てくる。僕たちの高校はお菓子禁止なので臣は違反者だ。今時お菓子がだめだという意味の分からない校則を守っている方が少ないかもしれない。僕みたいなクソつまらない奴はそんな校則もしっかり守っているが。

「有難う」

 本当にそれ以上何も言ってこない臣に僕はそうとだけ言った。

 視線を一度窓の外へ向けてから教室へ戻したら真李と目が合った。どこからともない後ろめたさで僕の目線は彼女だけを捉えて離せなかった。ただじっと僕の瞳は彼女の端正な顔立ちを眺めていた。そして暫くして、だいじょうぶ、と口パクで真李が僕に聞く。僕は何も言えずに目を逸らした。

 また逃げた。結局僕は逃げてばかりいる。


 学校が終わるまで真李とは一言も交わさなかった。臣とは少しだけ話したけれど、それも飽くまで必要最低限だった。担任がホームルームを締め括ってから数瞬足らずで真李が僕の元へ向かってくる。

「朝、何の呼び出しだったの?」

 割と大きな声で真李が言った。僕たちの周りにいた人たちが僕らの方を見た。真李の行動に僕がたじろいでいると、

「なんか色々話聞かれてたんだよな、篝」

 臣が微笑みながら僕の背中を思いっきり叩く。

「何それ、大丈夫なの」

 真李は臣に見向きもせずに僕を見つめる。

「大丈夫だよ」

 僕が教室を出ようと立ち上がると臣が僕の肩に腕を乗せてきた。

「一緒に帰ろうぜ」

 真李の返答も待たずに僕は臣と歩き出す。待ってよ、と真李の声が聞こえた気がしたけど今は彼女に向き合えない。まずは三弦なのだ。とにかく勢いで会話を終わらせてくれた臣に感謝だ。

「もしかして篝と向坂さん不仲?」

 臣が学校の門を潜ったところで尋ねてくる。

「そういうわけじゃないよ、今彼女とは話せないだけ」

「朝の呼び出しとなんか関係あったりする?」

 彼はときどき鋭い。

「…まあね。話せば長くなるよ」

 いつの間にか僕は臣にも絆されていた。今朝初めて話したばかりで、彼のずかずかと入り込んでくるところをあんなに疎ましく思っていたのに。

「良いぜ。篝の最寄り駅どこ?」

「八代河」

 僕は家の最寄り駅を答えた。父のいないあの家の。

「何だ、同じじゃねえか」

 けらけらと笑いながら学校の最寄り駅まで歩いていく。

「今まで見かけたことねえけど、どこに隠れてたんだよ」

「あんまり電車乗らないんだ」

 八代河辺りから学校まで歩けば一時間弱かかる。それに比べて早坂宅は学校から歩いて一五分くらいだからかなり近い。

「お前…歩くの好きなの? だいぶ遠いけど」

「ただ只管に歩くのは無心になれるから好きだ」

 毎日登下校中はこんがらがった思考を部屋を片付けるみたいにして脳内の正しい引き出しへ戻していく時間だった。不安なことは不安なこととして受け入れ、嬉しかったことは嬉しかったと受け入れる。

「篝って変わってんね」

 感心したように臣が言った。

「まあ最寄り一緒なんだから帰るまで話聞かせてよ」

「どこから始めれば良いんだろう」

 僕は少し照れ臭く思いながら話し始めた。

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