第4話

 朝飯を食べた後、春六は食器を流しに置きいそいそと自らの、少し前まで天史郎がくるまっていた布団に向っていった。朝は春六、夜は天史郎がと昼夜休むことなく使われる布団は当然のように万年床でしわだらけ。天史郎は起きる時にそのまま布団を出る。そのあと整えることをしないので掛け布団が天史郎の形に添ったまま、まるで抜け殻のようだ。

 その抜け殻にバフンとつぶすように倒れ込こみ、しわだらけの柔らかな感触を肌に感じるとともに春六は意識を手放した。

 

 春六が眠りについた後、天史郎は長屋の共同井戸へ行く。丁度井戸端会議が始まった頃合いらしく、井戸を取り囲むように長屋の奥様方が三、四人が集まっていた。

「おはようございます」

天史郎が挨拶すると、井戸を取り囲む女性陣が一斉に目線が天史郎に向けられた。

「あら、天ちゃんじゃないの」

「おはよう天ちゃん今日もげんきそうねえ」

「あら天ちゃんったら寝癖がついてるわよ。ほんと可愛いんだから」

「お漬物たべる?」

この時間、男や若い娘は働きに出ているので天史郎のような若い男は珍しいのだろう。長屋の奥様方は天史郎を孫のように扱う。

 天史郎は昼間にしか動けない。自堕落、と言えばそれまでかもしれない。しかし、太陽が顔を見せなくなるとどういう訳か、身体が言うことを聞かなくなる。二本の足で立つこともままならない。江戸に来る前はこの体質が原因で役立たずだと家族から疎まれてもいた。逃げるように江戸に上り、春六の家に居候になってからはこうして家事をし、春六の仕事をもらう。欠けた茶碗が二つ並んだような関係、と天史郎は内心で自称している。まあ、だからと言ってどうこうするつもりもない。欠けた茶碗はかけたまま在り続けるだけだ。

「おばちゃんたちお早うございます。ところで、一寸だけ聞きたいことがあるとですけど......」

背高な体を小さくかがめてちらりと見やる。おばちゃん、否、ご婦人方は子羊のような天史郎の瞳にたちまち射抜かれる。

「どうしたの」

「おばちゃん天ちゃんのためなら何でも話すよ」

「ほらほら、言ってごらんなさい」

さながら茶屋娘を愛でるがごとくご婦人方はわっと黄色い歓声を上げて天史郎を取り囲む。

「あのねおばちゃん、葡萄酒って何処で売っとりますか?」


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あらなわ @kuragenohakaba

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