第17話驚愕の真実

 ルナは、まだ俺が帰る前の、イシュラーナとの会話を思い出していた。


「明日からの渋谷上級ダンジョンの情報共有をお願いしたいので、とっととシャワーを浴びてきてください」


 イシュラーナの冷徹すぎる命令は、ルナのプライドを全く考慮していない。愛の余韻に浸っていた彼女は、羞恥心と闘いながら、最強のAI相棒からの冷酷な命令を受け入れた。


 シャワーを浴びて出てきた彼女に、イシュラーナはさらに切り込む。


「姐さんにとても大事な話があります。どうぞお掛けください」


 コーヒーを淹れ、椅子に座り直したルナに、イシュラーナは静かに爆弾を投下した。


「姐さんに、魔力が覚醒しました」


「はぃっ?」


 ルナの素っ頓狂な裏声が響く。彼女の世界では、魔力覚醒は6歳の審査で100%判別されるのが常識だった。


「属性は、聖属性です」


 聖属性。この世界で希少な属性であり、聖女の可能性を持つ者は教会へと編入される。一国のエネルギーインフラを牛耳る渋谷探索者ギルドの上級職員であるルナが、今更?


「えっと……それって私魔導士ということなの?」


「はい。ただ、今はその片鱗です」


「あっそうですか」


 わずかにがっかりした様子のルナに、イシュラーナは本題を突きつけた。


「さて姐さん。ここからがとても大事な話です」


 ルナは、俺の野望への理解を示そうとする真剣な光を瞳に宿し、姿勢を正して椅子に座り直す。


「なぜ、姐さんに聖属性が覚醒したかその理由に思い当たるふしはありますね」


 その問いに、ルナの頬は再び朱に染まった。彼女の脳裏には、キングサイズベッドの上で交わした、激しい愛の契りの記憶がフラッシュバックしていた。


(トールさまに愛された結果です……)


 彼女の体と魂に、俺という存在の聖痕が深く刻まれた、昨夜の愛の儀式。


 俺の肉の塊が、ルナの子宮に押し付けられるように奥深くへと挿入された瞬間。


「トール君……! あなたの、あなたのものよ……!」


 という、女王の鎧を脱ぎ捨てた愛の悲鳴。愛と支配の極限の融合の中で、ルナの肉体の奥底に、俺という存在の痕跡を刻みつけていたこと。


「わたし、トールさまにこんなに愛してもらって幸せです」


 と、快楽の絶頂で囁いた純粋な告白。


 ルナの膣内は、俺の形へと徐々に馴染んでいった。俺の愛によって変貌を遂げたルナの体は、もはや俺の全てを受け入れる最高の住処となっていたのだ。


 その「愛の共同作業」の果てに、彼女の肉体と魂に、聖属性という名の新たな力が芽生えたのだとしたら——。


 ルナの答えは、一つしかなかった。


「はい、おおありです」


 彼女は、俺の顔を思い浮かべて愛おしそうに微笑んだ。その艶やかな肌の潤いと、愛おしそうな眼差しが、彼女の覚醒の全てを物語っている。彼女は、もはや単なる渋谷探索者ギルドの上級職員ではない。


 がしかし、イシュラーナの次の言葉は、その愛の証がもたらす冷酷な現実だった。


「では、姐さんが聖属性魔導士に覚醒したという話は、世界を震撼させるほどのニュースになりますね」


「そう……、なりますね」


 そして、容赦ない未来予測が彼女を襲う。


「姐さんは、研究施設に拉致され、あーだ、こーだと弄られまくります」


 一国のエネルギーインフラを牛耳る上級職員という権威の鎧は、この世界における特異点(イレギュラー)の前では、紙切れ同然だ。ルナは、その言葉に、息を飲む。


「……」


「事情聴取で原因を聞かれたらなんとお答えなさいますか?」


「それって、まるでわたしが犯罪者みたいじゃないの!!」


 ルナの悲痛な叫びは、俺の愛によってもたらされた、予期せぬ試練だ。だが、イシュラーナの追求は止まらない。


「でも、そういうことです。その原因が、御屋形さまの愛にあり、愛撫を受けた女性は例外なく聖属性を発症するとしたら……」


「と、したら……?」


「御屋形さまには、競走馬の種牡馬生活が強要されます」


 俺の野望の遂行に不可欠な俺の自由が、愛する女王の覚醒によって奪われるという悪夢。ルナはその未来を瞬時に理解し、顔色を変えた。


「そんなぁ」


「その未来が見えませんか?」


「見えます……」


 ルナの瞳には、研究施設に監禁され、世界に奉仕することを強いられる俺の姿が、そして俺の隣に立てない自分の姿が見えた。その絶望が、彼女の心を一瞬で支配する。


「なので、姐さんの今後の行動がとっても大事なんです」


 イシュラーナは、奈落の底から、一筋の光の道を提示した。


「この能力はとっても特殊です」


「……」


「うまくいけば、御屋形さまのバディとして共に活動できる範囲や時間が広がります」


 俺の隣に立てる――その可能性は、ルナにとって、渋谷探索者ギルドの上級職員という地位よりも、遥かに価値のある栄光の玉座だ。


「えっ? それって、わたしがトールさまの横に立てるということ?」


 彼女の問いかけは、純粋な少女のようだった。愛欲に溺れる女性から、一転して、俺の野望を支える聖なる伴侶へ。この聖属性の覚醒は、俺の愛が彼女の魂に打ち込んだ、決定的な支配の楔なのだ。


「はい、しかも大聖女として」


「……」


「どうですか?悪くない未来ですよね」


 イシュラーナの言葉は、ルナの心の奥底に響き渡った。俺の隣に立ち、俺の愛を独占し、共に世界の再建に携わる。その未来を掴むためなら、彼女は研究施設の脅威も、世界の常識も、全て受け入れるだろう。


「ぜひお願いします!!」


 ルナの瞳は、もう迷いを失っていた。それは、俺への永遠の降伏であり、そして二人の新たな冒険の始まりを告げる聖女の誓約だった。彼女にとって、俺の隣に立つ「大聖女」という未来は、これまでのキャリアや社会的な地位を遥かに凌駕する、絶対的な価値を持つ黄金のトロフィーだった。


 イシュラーナの冷徹な声が、彼女の決意をさらに固めさせる。


「ただ、この事実は、まだ兆しですし、御屋形さまも知らない情報となります」


「はい」


(トールさまへの最高のサプライズ……!)


 ルナの心はときめいた。


(彼はいつも私を助けてくださるけれど、今度は私が彼の未知の力となって支える番よ。)


「御屋形さまには、負担をかけたくありませんので、当分の間わたしと姐さんとの秘密にしておきましょう」


「はい」


「そして、聖女としての訓練を積んでいきましょう」


「わかりました」


 ルナ姐さんは、「聖女」という言葉にことのほか反応した。その瞬間、彼女の脳内で「渋谷探索者ギルドのエリート職員」のロジカル回路が焼き切れ、「愛するトールさまの横に立つヒロイン」のファンタジー回路がフル稼働した。


(聖女……!つまり、清く、正しく、美しく、トールさまを支える役割!)


 彼女はコーヒーカップをテーブルに置き、背筋をピーンと伸ばした。その姿勢は、まるで中世のステンドグラスに描かれた光の乙女のようだ。リボンタイのブラウスが、突如として純白の法衣に見えてきた。


「訓練と言いますと、具体的に何をすればよろしいのでしょうか、イシュラーナ?」


 ルナは真剣そのものだ。トールさまが帰ってくるまでに、立派な聖女になっていなくてはならない。


「まずは、その聖属性魔力の根源を安定させる必要があります」


 と、イシュラーナは事務的に答える。


「データ解析の結果、姐さんの魔力は御屋形さまとの『愛の共同作業』の余剰エネルギーによって生まれています。これを日常的なレベルで再現し、安定させるためのルーティンを組みます」


「愛の…共同作業の…再現……?」


 ルナの頬が再び熱を持つ。朝の光が差し込むリビングで、彼女は一国の要人としての威厳をかなぐり捨て、愛の訓練という名の、新たな羞恥と闘うことになった。


「心配ありません。まずは、『聖なる抱擁』のポーズから始めます。御屋形さまが普段なされているように、支配的な目線でスマホのカメラを捉え、優しさと威厳を込めた表情を作ってください」


「ひっ…支配的…?」


 彼女は慌てて、コーヒーカップに映る自分の顔を確認した。顔はまだ赤く、とても支配的な女王の目線ではない。それは、羞恥に悶える初恋の少女の瞳だった。


(ダメよ、私!大聖女ルナは、トールさまの隣で微笑む、神聖でセクシーな存在なの!)


 彼女は一瞬で表情を引き締めた。その必死な努力の姿は、まるで最新型AIの命令に従う、哀しきヒロインのようだった。彼女の聖女への道は、既に愛と羞恥と秘密に満ちた、コミカルな特訓の日々として幕を開けたのだった。


 ◆


 落ち着いた土曜日の午後、俺の壮大すぎる計画が割り込んできた。


「御屋形さま、宇宙(そら)へ通信衛星を上げるのに必要な魔石のグレードと個数の試算ですが」


 イシュラーナが、いつも通り、世界の常識を無視した内容を冷静沈着に報告してきた。


「よし、渋谷上級ダンジョンで確保する分だな」


 俺は、黒いスタッフを握りしめながら、興奮を抑えきれない。渋谷上級ダンジョンが、俺にとっては巨大なエネルギー源の倉庫に見えているのだ。


「虹色巨大魔石なら2個相当で、静止衛星軌道への自力運航が可能と見込まれます」


「虹色か……」


 俺は思わず、天を仰いだ。虹色巨大魔石なんて、神話級ボスのドロップ品か、あるいはダンジョンの最深層で数万年かけて生成されるかどうかの伝説のアイテムだ。


「まあ現実的ではないわな。実際は、青紫大で何個ぐらいなんだろうね」


 俺が渋谷代々木ダンジョンで大量に採集できる赤の魔石より、数段グレードの高い「青紫大」で換算し直す。この「青紫大」こそが、渋谷ダンジョンの六階層以降で安定して回収できる最上級の魔石だ。


「青紫大魔石での概算ですが、約4,500個が必要となります。これは、渋谷上級ダンジョンの全三十階層を、御屋形さまの最短ルートで7周した際の、想定ドロップ総量に相当します」


「7周! よし、目標が立ったぞ!」


 イシュラーナが出した4,500個という具体的な数字は、俺の探求心に火をつけた。通信衛星という規格外のミッションも、「ダンジョンを7回クリアする」というコミカルな目標に落とし込まれると、途端に現実味を帯びてくる。


「青紫大魔石4,500個! これが、渋谷遠征の目標だ! この渋谷3日間で達成してやる!」


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