孫は可愛いってだれが決めた!
猫田 ねこ
第1話 娘が妊娠した
私の名前は、岡田涼子。まずは、簡単に自己紹介を…1968年10月1日生まれ。趣味も特になし。仕事も契約社員だったが、契約更新されず、現在、無職。辞めるときにトラブルがあり、軽いうつ状態になり、今は、通院中。
私の実家の隣に、娘が家を建て、娘夫婦と3人暮らし。
実家には、要介護1の母と、耳は遠いが妙に元気な父、2階に弟が住んでいる。
仕事を辞めるときに、母の認知が、なかなかビックリするような状態になり、今は施設に入っている叔父までおかしな電話をかけてきたり…と全てが、一気にきて、それで軽度のうつになったという経緯だ。
仕事を正式に辞めたのが、3月31日。それから、病院に通いつつ、母の認知症を確定するために地域包括支援センターへの連絡、訪問、ケアマネージャーの訪問、面接、介護認定への手続きなど…
怒涛の数か月が過ぎ、母は、無事に要介護1に指定されたので、デイサービスなどを受けられるようになり、ホッと一息ついたとき、娘が話があると。
娘の名前は、林田 美紀。30歳。美紀の夫は、林田 敏夫 27歳。交際歴は長く、同棲を2年ほど体験したのち、入籍。そのあと、私の母名義の土地に美紀名義で家を建てた。
家は、注文住宅だったので、大人3人と猫が暮らせる家をコンセプトに設計し造った。その時、営業の人が「お子さんができたときのために」と言うのを、娘は「子どもは作らないからいらない」と言い張り、子ども部屋にできるような部屋はない大人と猫仕様の家ができた。
その時、北側の一番、日の当たらない場所を私の部屋にしようとしていたのを夫の敏夫が止めてくれ、一階で一番日当たりの良い場所を私の部屋にしてくれた。その時は、笑い話になっていたが、今、思うと、多分、あれが娘の本性だったのかもしれない。我が娘ながら、どうかと思う。
家を建てたのが3年前。基本的に、1階の掃除、洗濯、夕食の準備は私の仕事となった。働いていた時も、フルタイムではなく週3日だったし、私は家にお金を入れていないので、当然と言えば、当然だが、よく考えたら、母の土地を引き継ぐのは、私なので、私の土地の上に子どもが家を建てただけの話ではないかと最近は思っている。
さて、以上が、我が家の今までの状況だ。特に私は、不満もなく、「まぁ、こんなものでしょう」と思いながら仕事、家のこと、母の世話などをしていた。
その危うい均等が崩れたのが、今年の春。仕事を辞めるかやめないかくらいの時。
美紀と敏夫に話があると言われ、ダイニングテーブルに3人が揃った。その瞬間から嫌な予感しかなかった。
「実は、子どもができたの」と淡々と話す美紀。
私は、心の中で「話が違う!」と叫んでしまったが、とりあえず、ひきつった笑顔で「おめでとう」と小さい声でつぶやいた。
それだけでは、さすがに悪いので、「えっと、いつ生まれるの?」と取ってつけたような質問をしてみる。
「今年の12月の初めが予定日」と美紀。
嬉しそうな顔をする敏夫。
「…ふ~ん。そうか。大変だね」と言うのがやっとの私。
とりあえず、安定期に入るまでは誰にも言わないと言うことでその場は解散となった。
このあとは、私の日記として、忘備録的に書いて行こうと思う。
毎日は無理だけれど、徒然に書いていくので、よければ、読んでみてください。
一言いいたいのは、「私は、子どもが嫌い」と言うこと。
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