30
座った席は違うけど、紫夕くんとこの中華料理屋に来るのは二回目。
前は本当に話したのもちょっとだけで。
なんで誘われたのかも謎だったけど。
今日は純粋に中華を楽しめそう。
「何がいい」
と、紫夕くんにメニューを差し出される。
「紫夕くんが決めていいよ」
「炒飯は?」
「うん!食べたい!」
お待たせしました、とテーブルに置かれた炒飯は一人前とは思えないくらいの量。
「紫夕くんはさ、」
「あ?」
「七瀬くんといつから友達なの?」
「小学校」
「……小学校か。ちっちゃい時の七瀬くんってどんな感じだったの?」
「別に変わんねえけど」
炒飯をレンゲで頬張りながら、昔の七瀬くんを思い出す紫夕くん。
「強いて言うなら、今よりアホだったな」
「アホ?」
「直情的なアホ」
今の七瀬くんからは考えられない言われよう。
直情的な七瀬くん、見てみたいな…なんて。
「紫夕くんは?」
「……」
「どんな感じだったの?」
「変わんねえよ」
「嘘つき」
すぐさま否定すれば、視線が合う。
表情はいつも通り怖いけど、別に怒ってるわけじゃないって知ってる。
「こんな不機嫌顔の小学生なんていないでしょ」
「うるせえ。ほっとけ」
「見てみたかったなぁ。紫夕くんも七瀬くんも」
「……今日の七瀬は、昔みたいだったな」
思い出したかのように、そうつぶやいた紫夕くん。
蓋をしていたさっきまでの気持ちが漏れていく。
「それは、……茜さんがいたから?」
私自身、茜さんがいる時の七瀬くんはいつもと違う感じがした。
話し方から、雰囲気から、知らない人を見ているようだった。
「……どうなんだろうな。関係なくはねえんだろうけど」
「茜さんとも小さい時から知り合いなの?」
「まあ、そうだな。知り合いっつっても初めて話したのは中学の時だけどな」
「へぇ、そうなんだ」
「…もう諦めろ」
今まで周りに不釣り合いだとか、七瀬くんは私のことを好きじゃないとか。
友里にさえ、都合のいい女に見えるとも言われたことがあったけど。
紫夕くんの言葉以上に現実を突きつけられるものはない。
一番、七瀬くんの近くにいるからなのかな?
「……七瀬くんに振られたらさすがに諦めるよ」
そう言えば、紫夕くんは呆れたように口を開く。
「みっともねえな」
これまでになく辛辣で直球な言葉に何も言い返せない。
自分で理解しているからこそ、反論の言葉もない。
私はみっともなく、七瀬くんとのこの関係に縋っている。
もうそろそろ切れてしまう糸を切り離そうとせずに放置している。
「いつか笑い話にできたらいいな」
「……」
「あの頃は若かったから、馬鹿だったなって」
「……誰と?」
「誰って?」
「笑い話をする相手だよ」
「…それは考えてなかったけど、友里とか?」
私と七瀬くんの関係を知らないと笑い話にならないし…。
「でも、七瀬くん以外かな。もともと友達でもなんでもなかったわけだし」
別れた後、近くにいる未来は見えない。
きっと友達にもなれないだろうな。
「そこまで考えてるくせに振られ待ちかよ」
「自分からは言えないもん」
「何が”言えないもん”だよ。言えよ」
「簡単に言えたら、こんなに悩んでないよ」
そんな私を理解できない、と言った表情の紫夕くんは何か言いたそうに。
でも何も言わず、ため息だけついて最後の一掬いの炒飯を口に入れた。
お腹が満たされると、なんか冷静になれるというか。
少し前の自分が客観視できるようになるというか。
「美味しいもの食べるとなんか落ち着くね」
「……」
「前回おごってもらったし、今日は払うね」
「うぜえから、もう泣くなよ」
紫夕くんの前では泣いてばかりで。
恥ずかしい姿ばかり見られているような気がする。
きっと紫夕くんはそんな姿をみても、私への態度が変わらないからなんだろうなと。
いつからか紫夕くんの辛辣さに居心地の良さを覚えてしまった。
「うん。もう紫夕くんの前で泣かないようにする」
「……」
紫夕くんにとっては迷惑でしかなくて、ご飯をおごられたくらいじゃ割に合わないかもしれない。
でも、他に何を返せるかもわからないし。
私が言葉にしようが、行動に移そうが、紫夕くんは喜ばないような気もする。
中華料理屋からの帰り道はさっきとは逆に私の前を歩く紫夕くんは何だか歩幅を私に合わせてくれているみたいにゆっくり歩く。
紫夕くんの根本的なところが優しいのは知っているけれど。
今日はそれが私を慰めているようにも感じる。
でもこんなことを伝えたら自意識過剰だって言われかねない。
「私、こっちだから」
「………」
「今日はありがとう」
1人でいたら、きっとこんな穏やかに冷静にはいられなかった。
目を閉じたら、七瀬くんと茜さんのキスしているところが浮かんできてしまう。
それは多分、今も。
「やっぱり優しいよね、紫夕くんは」
「何回言うんだよ」
「なんか今日はずっと優しいからさ」
「………」
「今日だけじゃない、…ね。この前の学校があった日のタクシー呼んでくれた時も、バスのお釣り返そうとした時も七瀬くんのところまで案内してくれた時も」
思い出すたびに優しさを感じる。
紫夕くんの存在に安心感を勝手に持ってる。
「紫夕くんがいてくれてよかった」
そう言えば、特に言葉が返ってくることがなく、無言の空気が流れて。
自分の言ったことが思ったよりも恥ずかしかったことに気がつく。
変なことを言ってしまった。
ただただ恥ずかしいだけだけど。
「……わっ」
ガッといきなり、紫夕くんの手が目の前に伸びてきて。
視界全体が手で覆われたことによって、何も見えなくなる。
…てか、紫夕くんの手、大きい。
「な、なに、?」
「早く帰れ」
紫夕くんは確かにそう言っているのに、顔には手が掛かったまま。
「…紫夕くんが手離してくれないと、帰れないんだけど」
「………」
「紫夕くん?」
名前を呼べば、なぜかため息をつかれて。
そして紫夕くんの手が離れた。
離れた直後、紫夕くんはもうすでに私と逆の道を歩き始めていて。
後ろ姿に声をかけようかと思ったけど。
さっきの歩幅とは比べ物にならないくらい速いスピードでスタスタと歩いているから、そのまま声をかけずに背を向けて自分の家へと足を向けた。
10:06p.m. コニシ ウキン @_yuno21
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