ー エピローグ ー



 スタジアムを包む歓声が、夜の空へ溶けていく。


 プロデビューから三年。


 陽翔は今日、リーグ優勝を決めるゴールを決めた。


 ピッチの真ん中に立ちながら、胸の奥に小さく息をのむ。


 スタジアムの照明に照らされて、紙吹雪が宙に舞う。


 歓声の中に、あの日と同じ匂いがした。


 春の風。あの病室の窓から吹き込んでいた風。


「……湊。」


 名前を呼ぶと、観客のざわめきが一瞬だけ遠のいた気がした。


 ピッチの向こう側、スタンドの一角。


 そこに、見覚えのある後ろ姿が見えた。


 白いシャツ、少し風に揺れる髪。


 夕日を受けて輪郭がぼやけている。


 ——まさか、そんなはずは。


 瞬きをした瞬間、その姿はもうなかった。


 でも、風だけが残っていた。


 やわらかく、どこか懐かしい風。


 その風が頬を撫でたとき、陽翔は思わず笑った。


 心の中で、何度も繰り返してきた言葉がある。


 “風が吹いたら、僕を思い出して。”


 湊が残した最後のページ。


 あの日の約束が、また胸の奥で息をしていた。


「……見てたんだろ。ちゃんと届いたよ。」


 空を見上げる。


 春の夜風が吹き抜け、スタンドの旗が揺れる。


 その瞬間、確かに聞こえた。


 ——「おかえり。」


 陽翔は笑った。


 「こっちの台詞だよ、」


 涙が光に滲む。


 また新しい試合が始まる。


 そのたびに、彼は思う。


 この風のどこかに、湊がいる、と。


 そして今日も、ピッチの上で風と走る。


 もう一度会えるその日まで。


 そこにはいつも、



 ——風が吹いていた。




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風が通り過ぎた後に 叶葉 @__mk3y

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