欲の化身と無欲の化身
安野葉月
第1話 角でぶつかる
ぼくは今、自分以外誰もいない図書室で本を読んでいる。
池畑高校の図書室は人がほとんど来ないことで有名だ。一年の間に五名ほどしか来ないというのは学校中で知られている。それは近年の若者の読書離れもあるだろう。けど、理由はそうではない、図書室に魅力的な本が少ないからだ。
といっても、ぼくからすれば魅力的な本は多い。有名な文豪の本は揃っている。それでも魅力的な本が少ないという者の主張としては、近年の流行に沿った本がないからだろう。ドラマ化で話題になった小説やアニメ化などがなされたライトノベル、映画化などがなされた一般小説などを池畑高校の図書室は積極的に入荷しない。
別に予算がないというわけではなさそうだから、単に図書室担当の先生がそういうものに興味がないのだろう。そう思っていたが、実は違うらしい。池畑高校にこのぼく、
その先輩の名前は桐ヶ谷優子という。桐ヶ谷先輩は三年生で、この学校の図書委員を一年生の頃から担当している。その先輩が言うに、この図書室にそういった本が追加されないのは、
『昔、図書室で本が生徒に盗まれたことがあったんだよね。それが原因でそういった本は盗難が起こる可能性があるから、入れるのはやめようって話になったの。……、でも人が来なくなったのもそれからかな』
という理由があったからだそうだ。
なるほど、それなら仕方がない。ぼくは割り切ることにした。
まあ、ぼくからすれば充実しているので満足だが、読書をするという魅力がこの学校の生徒に伝わらないというのは少々残念に感じる。
それはそうと、先ほど読み始めた本が良いところに差し掛かったところで、昼休みが終わりそうになっていることに気がついた。時計の針は13時20分を指し示している。昼休み終了は25分、授業開始が30分なので急ぐ必要はないが、余裕を持って行動した方が良いだろう。それに、図書室は二つの校舎がある内の実習棟なので、教室がある本校舎までは意外と時間がかかるのだ。
席を立ち、図書室の入口へと向かう。鍵は閉めなくても良い、担当の先生が個室にいることを出る間際に確認した。それに、図書委員もいることだ、心配する必要はないだろう。
ボスッ、そんな音がした。それに加えて丁度胸の辺りに何かが当たったような感触があった。見てみると、ぼくはおそらく同級生の少女と軽くぶつかってしまったようだ。ぼくはすぐさま謝罪する。
「ごめん、……えっと、誰かな?」
「私こそごめん、少しぼーっとしてたから。私、
少し後ろに下がり、顔を上げた 見境さんだったが、ぼくは見境さんに見覚えがない。同じ学校で上履きの色から察するに同じ学年だというのは分かるが、クラスが違うから知らないということだろう。なにせ、まだ入学から一ヶ月しか経っていないのだから。
背は普通くらいで、中学を卒業したばかりの女性なら大体これくらいの背丈だろう。髪色は校則に従っている黒。髪は長いが、これまた校則に従い、後ろで一本にまとめているのでポニーテールだ。瞳の色は透き通った水色をしている。顔は童顔で、可愛らしい。制服の丈が少しあっていないのか、発注をミスしたのかは不明だが、手が半分隠れていた。それもあって、身長でいえばそこまで低くないのに、どうしても年下のように見えてしまう。
「急がなくて良いの? 一組の授業って移動教室だったと思うけど」
そうだった、すっかり忘れていた。本校舎に戻って再度実習棟へ戻って来なければならないのだ。早く戻らないと時間が足りない。
それよりも、見境さんがなぜ、ぼくのクラスを知っているのかは気になったが、今は聞いている時間がないので、また今度ということにしよう。
「そうだね、忠告に感謝するよ。見境さん、それじゃあ」
別れの挨拶をして教室に戻ろうとしたその時、ぼくは右腕を掴まれた。
「えっと、何かな?」
「ちょっと話があるの、聞いてもらえる?」
「それは良いけど、今から授業だから、放課後に図書室で落ち合うってのはどう?」
「分かった、そうする。じゃあ、またあとで」
見境さんはそう言って階段を小走りで降りていった。
今話しをしようって言っていたのはおそらく話が一分ほどで終わるからだったんだろう。けれど、もしそれでぼくが授業に遅れてもそれは言い訳にならない。故に放課後という時間を展開したのだ。日本人は開始時間には厳しいが、終了時刻には緩い、そんな特徴のある国でどんな言い訳を並べようとそれは効果を成さない。
さてさて、授業が始まるまで後少し、廊下を走るということは基本的に禁止されているが、仕方がないので走ることにしよう。道中で注意されたら間に合わないのは確実だろう……。
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